ごきげんようチャンネル

あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
        ヤコブの手紙 5:3    

価値観をひっくりかえすことは常に新しい価値を生む フランシスコ新法王の誕生について その1
フランシスコ新法王が珍しくヨーロッパ出身でないことが話題になっているが、彼がイエズス会出身のはじめての法王であることも、興味深い。

フランシスコの名は、新法王が属するイエズス会 the Society of Jesus が範とあおぐアッシジの聖フランチェスコからとったもので、日本で有名なザビエル(1506-1552)は、このイエズス会の創立者の一人である。

イエズス会は修道会 order のひとつだが、修道会とはどういうものか。

カトリック教会の仕組みを、すこしのぞきこんでみたい。








(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「救いがあるから労苦がある」 内村鑑三の逆説
若松英輔『内村鑑三をよむ』(岩波ブックレット、2012年7月)に触発されて、内村鑑三(1861-1930)の「基督信徒(きりすとしんと)の慰(なぐさめ)」(1893年)を読んでみた。

まだ三十代前半だったにもかかわらず、多くの歴史上の事例を挙げているところからも、内村の勉強ぶりがうかがえる。

妻を亡くした悲しみとその信仰的解決への葛藤を述べた第一章がとくに心をうつが、他のところで印象に残ったエピソードがある。




支那宣教師某 四十年間伝道に従事して一人の信徒を得ず、しかれども喜悦もって世を逝(さ)れり。彼は得(え)しところなかりしや。

否(いな)。

師父ザビエーは東洋において百万人以上に洗礼を施(ほどこ)したりといへども、おそらくは現世より得(え)し真結果にいたっては、この無名の一宣教師に及ばざりしならん。




この宣教師は、中国に40年宣教して一人の信徒も獲得できず、しかも喜んで死を迎えたというのだから、まるで冗談のようである。

しかし、この一宣教師は、有名なザビエルと比較しても「真結果」を得たのではないかと問うあたり、真実追求の人・内村鑑三の面目躍如というべきだろう。

内村鑑三は逆説の人である。上記若松氏の『内村鑑三をよむ』から、印象に残る文を引用しておく。


「闇があるから光があるのではなく、光があってはじめて闇があり得るように、労苦があるから救いがあるのではなく、救いがあるから労苦が人間に訪れることを、彼[内村鑑三]は決して忘れることはなかった。」

(若松英輔『内村鑑三をよむ』前掲、8頁)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 21:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスの処刑と復活信仰には原型があった おわり

■イエスがキリスト(救世主)だという理解はどういう経緯で成立したか。

答え…それはイエスの死後のことだった。

イエスが処刑されるまでは、弟子たちでさえイエスが誰であるかよく理解できなかった。

ユダヤのメシア観(超人的能力をもつイスラエルの理想的統治者イメージ)からすれば、なんの世俗的権威にもよらず、律法にもしばられず、自由と慰めに生きたイエスの姿は、どうしても「メシアであるという把握はできなかった」32頁。

しかも、イエスは「のろわれる」とされた「木にかけられる者」として死んでしまったのである。(「申命記」21:23)。メシアなら、そんな死に方をするはずがない。33頁。

イエスが処刑されたあと、おそらく弟子たちは一か所に集まって身を守りながら懸命に考えていた。「彼らは単に恐れおののいていただけではなく、イエスは結局誰であったのかを何とかして理解しようとしていたと思わざるをえない。」31頁。

そして三日たったころ、イエスの墓が空になっていることが伝わった。

と、ここまでは類書によくある指摘である。

私が高尾氏の本で感心したのは、このとき上記のイザヤ書の「苦難の羊」の記述が、イエスが救世主であることを弟子たちが発見するヒントになったのではないかという指摘である。(もっとも、私が知らなかっただけで、他書にも同じ指摘があるのかもしれない)

ほふり場に引かれていく羊のようにいやしめられ、まともな裁きも行われず、黙々と死んでいったイエスは、いけにえの羊のように血によってわれわれの病をにない、罪を清めてくれたのではないか?

「こうしてまずペテロが、そして他の者も、イザヤの言葉を媒介に、イエスの死を単なる政治的挫折の死ではなく彼らの罪の贖いのための死であるとの『心眼』が開けたのであろう。

するとたちまち、イエスは本当は誰なのかという問いの意味が、朝霧が陽光によって一時にうせ去るように明らかになり、彼らの父祖の時以来久しく重くのしかかっていた律法による義の獲得という重荷は根本から取り除かれたと感じ、イエスがあのように自由に軽々と生きた根拠を、彼らなりに了解したのであろう。

一度こうして開眼したならば、イエスの生前の言葉や聖書の言葉の多くが、新しい光の中で理解されてくる。

『そうだったのか! そういうことだったのか!』

という新しい喜ばしい認識が泉のように湧き上がってくるのだ! そしてイエスのあの自由な権威ある生そのものが、彼らの全存在に溢れみなぎるのを感じたのだ。

こうしたとき、彼らの時代の観念の中で生きた人々にとって、『イエスの生命が甦り、われわれに迫ってきたのだ』と解することは、むしろ当然ではないだろうか。」35−36頁。

彼らがこういう「全存在的」理解に到達したとき、イエスの復活は「共同の幻想として現実」となった。37頁。この「幻想」は、弟子たち自身がイエスの死体を持ち出したのではありえないことであった。

こうして「幻想」こそが根拠ある現実となった。原始教会の宣教内容は、このようなものではなかったか。38頁。

高尾氏は、キリスト教がありうるとすれば、それはイエスの復活が「幻想」であり、幻想であるからこそ深い現実性があること。そこから出発すべきだと主張しているようにみえる。



イエスの教えをキリスト教的レトリックを離れた角度から言えばどうなるか。

もともと、われわれの生命はまったくの無償かつ無根拠で与えられたものであり、そういう意味で人間は「本来無であり、無に帰する」はずのものである。iv頁。

高尾氏の表現によれば、そういう存在が「知情意をもつ人格として共在するという不可思議な事実に宿る本来よろこばしく尊い理(ことわり)」。それが「人間の生の根本実相」である。iv、78頁。

イエスが教えていることは、自分がメシアだとかキリストだとか復活したとかいうことではなく、ほんらい無であるはずの人間がこの世にあることの喜びを生きることの大切さである。

その喜びに至る道が教会に通うことであればキリスト教徒であろう。「南無阿弥陀仏」と唱えることであれば仏教徒であろう。

しかし、その道は読書であったり食事であったりするのかもしれない。

あるいは、ダンスをすることによって「人間の生の根本実相」を生きることも可能であろう。





(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスの処刑と復活信仰には原型があった その3

■イエスが復活したという記述はどう理解できるか。

前述のように、当時のユダヤ社会では死者の復活がありうることとして信じられる傾向があった。

イエスの復活についても、たとえばパウロは

きびしい暑さの中で一種の幻覚を見たのではないかという推測が一番自然なのではなかろうか。パウロは熱心なパリサイ派の者であった。そしてパリサイ派は他の多くの人々と同様、もともと復活を信じていた人々だったのだ。」8頁。

イエスの復活が物理的な事実であったかどうかは、パウロをふくむ古代人の多くにとって問題ではなく、「イエスの復活の事実性を問題にするという視点を始めからもっていない」のであった。14頁。

現代人からみれば「幻覚」であっても、古代人にとっては「そう見えた」ということで十分な事実性をもっていた。

そこから、次のようなパウロの主張が出てくる。

「アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。」(『コリント人への第二の手紙』1:1−5)

キリストのもとにあっては死者が復活することを、イエスの「幻覚」上の復活が宣言しているというのだ。

ちなみに、復活の前にイエスの死体が消えたことについては、イエスをこころよく思わなかった者が死体を埋葬させないために運びだした、墓守が持ち出した、墓を訪れた女たちの空想だった、後代の創作だったなど、いろいろと推測が可能で、「イエスの死体が誰も知らぬ間に処理されたということは絶対にありえないとはいえまい」という。21、23頁。

ただし、イエスの死体を運びだした者がいたとすれば、それが「弟子たちであったはずはない。もしそうなら、彼らが後に、自分の生命をかけてイエスの復活を宣教したりするはずがないからである。」22頁。

なぜ弟子たちが死体を運びだした可能性はないのか。




(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスの処刑と復活信仰には原型があった その2

■イエスがむごいやり方で処刑されたのはなぜか。

答え…それは第一に、当時の贖罪の儀式に子羊をいけにえにする習慣があったことが関係している。

当時のユダヤ人には、「傷なき汚れなき子羊」を犠牲に捧げることで自分たちの罪が清められるという贖罪観があった。だから「罪なきイエス」が木にかけられて殺されたというのは、イエスが弟子たちの代わりに呪いをうけ、その血によって彼らの罪をあがなったのだと考えることは「むしろ自然であった。」35頁。

そして圧巻は、旧約聖書にイエスの処刑に酷似した情景が描かれていることである。

「羊のように、彼はほふられるために連れてこられた。そして毛を刈る者の前で声を出さない子羊のように、彼は口を開かない。辱めを受けているあいだ、裁きは彼から取り去られた。誰が彼の世代について詳細を語るだろうか。彼の命は地から取り去られるからである。」(もとはイザヤ書53:7b~8から。訳文は新世界訳による)

これは「苦難の羊」の章句と呼ばれるが、イザヤ書はその直前でこうも述べている。

「まことに、わたしたちの病は彼が担い、わたしたちの痛みは彼が担ったのである。彼はわたしたちの違反のために刺し通され、わたしたちのとがのために打ち砕かれるのであった。わたしたちの平安のための懲罰に彼が臨み、彼の傷のゆえにわたしたちのためのいやしがあった。」(イザヤ書53:4~5)

ここに描かれた「彼」の様子は、処刑されたイエスになんと似ていることだろう!

じつは新約聖書の『使徒行伝』に、このイザヤ書の「苦難の羊」の記述が引用されている。

あるエチオピアの高官が「兵車」のなかでイザヤ書のこの部分を音読したあと、すぐに洗礼を受けたというのである。(『使徒行伝』8:32~34) ここから、「苦難の羊」の章句は当時よく知られていたらしいことがわかる。

つまり、イエスの悲惨な処刑の情景は旧約聖書に描かれた「苦難の羊」そのものであり、それはイエスが旧約で予言された救世主であることの雄弁な証左とも解釈できる。じっさい、『使徒行伝』が示唆するように、この章句はイエスと関連づけて理解されていたらしい。

私の勉強不足で、イザヤ書とイエスの処刑を結びつけることが高尾氏の独創的な発見なのか、それとも聖書解釈の世界ではよく知られていることにすぎないのか、よくわからない。

ただ、イエスの処刑が旧約聖書のシナリオの実演であったことをこの本で知ったとき、私は深く驚いた。

つまり、イエスの磔刑は旧約聖書に原型が記されており、イエスはそれを知ってか知らずか、そのとおりに死んだのである。

しかし、旧約聖書の内容をよく知っていたイエスがこのイザヤ書の記述を知らなかったとは考えにくい。

イエスは、この旧約聖書の記述を自分のためのシナリオとして意識し、すすんで処刑されたのではないか?

もしそうだとすれば、ちょっとぞっとするような話ではないだろうか?






(つづく)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスの処刑と復活信仰には原型があった その1
キリスト教について忘れられない本があるのでメモしておきたい。

高尾利数『聖書を読み直す イエスからキリスト教へ』(春秋選書、1980年)

■まず、イエスが病者を治癒したり死人をよみがえらせたという「奇跡」の伝承はどう理解できるか。

答え…当時のユダヤ民衆は、サドカイ派のように死人の復活を信じない人もいたが、死人のよみがえりを信じる人も多かった。

死者の復活は、いわば当時の「世界観」であり、「人々にとって復活を信じるということは、さほど特別なことではなかった。」9‐10頁。

死者の復活が可能ならば、病人の治癒はそのバリエーションであり、

「当時は天使が舞い降りたり、悪霊が徘徊して人々にとりついたり、聖者の命令でライ病などが癒されたり不具者が治されたりすることは、むしろ当然のことであった。」10頁。

この点について、高尾氏はイエス以外にパウロが死者をよみがえらせたという聖書の記述をあげている。9頁。(使徒行伝20:7~12)




(つづく)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスはユダの足を洗ったか おわり

今度はイエスが弟子たちの足を清める。

過越しのまつりの前、ユダの裏切りを察知したイエスは、

「夕餉(ゆふげ)より起(た)ちて上衣(うはぎ)をぬぎ、手巾(てぬぐい)をとりて腰にまとひ、ついで盥(たらひ)に水をいれて弟子たちの足をあらひ、まとひたる手巾にてこれをぬぐいはじめ給ふ」(ヨハネ13:5)

弟子のひとりシモン・ペテロは驚いて、「私の足を洗ってくださるのですか」と聞く。

ここでイエスは意味深長な言葉をいくつか言う。

「我もし汝を洗はずば、汝われと関係(かかはり)なし」(ヨハネ13:8)

ほんとうの「関係」(かかわり)とは、このようなものだという示唆であろう。

そしてイエスはこうも言う。

「すでに浴したる者は足のほか洗ふを要せず、全身きよきなり。かく汝らは潔(きよ)し、されど悉(ことごと)くは然らず」(ヨハネ13:10)

ここでヨハネは、たとえ全員の足は清められても、ユダの身体は穢れているという意味だと注釈しているが、イエスがユダの足を洗ったかどうかは明記していない。

私は断然、イエスはユダの足も洗ったのだと考える。

イエスの愛情は無差別であり、無差別であることでイエスはユダの卑しさを超越できた。そしてイエスによって足が清められたことで、ユダの穢れはいっそう際立つことになったからだ。



以上の足を清める話は、私にとってつぎのように感じられる。

・無償の行為の尊さを身をもってイエスに教えたのは普通の女であったマリアだった。

・マリアの愛をうけたイエスは、水と盥(たらい)と手ぬぐいという、マリアよりもいっそう質素なものをもって弟子たちの足を洗い、ほんとうの意味で大いなるものとは何かを、みずから弟子たちに示した。「僕(しもべ)はその主よりも大(おほひ)ならず」(ヨハネ13:16)

・マリアは自分の好きなイエスに無償の行為をおこなうことで、イエスは相手を選ぶことなく無償の行為をおこなうことで、ほんとうの「関係」(かかわり)とはなにかを示した。





(おわり)





| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスはユダの足を洗ったか その1

年末というのは、心のなかを振りかえりたくなる。

そういうとき、イエスについて考えたりする。

聖書には足を清めるシーンがときどき出てくる。古代の中東では足をきれいにすることが清めとリフレッシュの習慣だったらしい。

たとえばベタニアのマリアがイエスを自分の家に招いた。

そのとき、マリアはイエスの足に高価な香油を塗り、自分の髪の毛でイエスの足を拭った。(ヨハネ12:1―8)

それは混じり気のない純粋な油だったので、

「香油のかをり家に満ちたり」

という。(ヨハネ12:3)

それを見ていたユダは「そんな高価な油を使うより、どうしてそれを売って金をつくり、貧しい者にほどこしをしないのか」という。

イエスは、

「この女の為すに任せよ、我が葬(ほうむ)りの日のためにこれを貯へたるなり」

と答える。(ヨハネ12:7)

この話で印象に残るのは、マリアが自分の髪の毛でイエスの足の香油を拭うシーンだ。

おそらくマリアはそれほど裕福ではなかったのだろうが、イエスのために節約して高価な香油を手に入れ、イエスの足に塗ると、いとおしさのあまり自分の髪の毛で香油をぬぐい、イエスと同じ香りを身にまとおうとした。

その香りは家じゅうを満たした。

髪の毛で足を拭うところがいかにも女性のしぐさであり、ほとんど恋愛のシーンのようだが、やがてやってくるイエスの処刑を考えると哀切さが胸に迫る。

高価な香油を足に塗ることは、マリアからイエスへの贈り物のようにみえる。だが、マリアからみれば、イエスがいたからこのような高貴な行為をすることができたともいえる。

お互いがお互いを高めあって、このシーンが成り立っている。

おそらくマリアの行為にヒントを得たのであろう。

イエスは自分の死が迫るなか、今度はみずからマリアと同じことをしてみせるのである。






(つづく)






| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
イエスはなぜ大工だったか

高久眞一『キリスト教名画の楽しみ方 イエスの生涯』(日本基督教団出版局、2009年10月)から、もうひとつの絵のこと。

19世紀の作品で、少年イエスが父ヨセフの仕事場にいる絵が載っている。15頁。

イエスは手に釘を刺して血がしたたり落ち、母マリアが優しく介護している。手からの出血はイエスの十字架上での死を暗示している。

もちろん空想の場面だが、ここで私がハッとしたのは、著者高久氏の指摘である。

「後方の壁に懸かっている大工道具は梯子をはじめ、磔刑に必要なものばかりであることも見逃してはならない。」17頁。

そうだったのか…

イエスが大工であったことはよく知られている。

しかし、イエスの十字架上の死がイエスの仕事と深い関係があったことには気づかなかった。

こういうことは、いわゆる「都市伝説」のようなレベルのことかもしれない。

しかし、この事実を知るとイエスの死の悲劇性がいっそう増すような気がする。








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 20:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
すべての赤ちゃんは天からやってくる イエス降誕図について

高久眞一『キリスト教名画の楽しみ方 イエスの生涯』(日本基督教団出版局、2009年10月)

この本の最初に、イエスが生まれた時の様子を描いた絵がある(ルーブル美術館蔵)。6頁。

もちろん空想による絵だが、ひょっとしたらキリスト教の本当のエッセンスを凝縮した作品ではないか。

キリスト教にまつわる常識的な霧をとりのけ、真実を描こうとしているように感じるのだ。

まず意外なのは、イエスだけを描くという降誕図の伝統を破って、ほかの赤子が生まれた様子もいっしょに描いていることだ。イエスを見つめるマリアのほかに、もうひとり母親が描かれている。

イエスだけでなく、ほかの赤子も絵の光源になって、下方から部屋全体を照らし出している。その肌色がなまなましい。

そういえば、このあいだ私の娘が質問してきた。

「私が生まれたとき、どんな感じがした?」

私はこんなことを答えた。

「お前に限らないけれど、赤ちゃんはまったくの裸で生まれてくる。すべてを親にゆだねた姿だ。生まれたばかりの子は肌が生々しくて湯気が立っているように温かい。これは大変なものが手元にやってきたと思った。厳粛な迫力があった。」

この絵はイエス以外の赤子も描くことで、生誕というものもののなまなましさを描いている。

そして画面の中央には赤いマントの男がイエスの様子をのぞきこんでいる。男は背中だけが描かれていて、表情がわからない。理解しがたい厳粛な存在が生まれてきたことにとまどっているのかもしれない。

もうひとつ気になるのは、画面の左端に顔が異様に膨れた幼児が描かれていることだ。誰かの腕がイエスに向かってこの幼児を差し出している。なんとかこの子を治してほしいという親の願いの表現なのかもしれない。

のちに救い主とされるイエスだが、それならイエスはこの子を治癒することができるのか?

そういう厳しい目でイエスを見ている画家の視線がある。

イエスといえどもたえず試されていく。だからイエスを通してこの世の真実がいつも露わになる。

そういう救いの原理が描かれているような気がする。

イエスもまた試されつづける。それが本当のキリスト教なのではないか。

作者の名はエールトゲン・ファン・レイデン(1498-1564)。

自分の無名性を覚悟していたからこそ、この人はたんなるイエス賛美ではなく真実を描くことができたのかもしれない。








| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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