ごきげんようチャンネル

Life is for those who have a hope.

Action is of those who embrace a yearning.

History is made by life and action, hope and yearning.


ピート・シーガー逝く
アメリカのフォークシンガー、ピート・シーガー氏が亡くなった(94歳)。


http://www.pbs.org/newshour/bb/remember/jan-june14/seeger_01-28.html


PBSの追悼コーナーを見ていて、ふたつ印象に残った言葉があった。

ひとつは、ピート自身が晩年にインタビューで語った言葉。




「歌をうたったから、それでどうなるというものでもないかもしれない。でも、歌で人生が変わったという人はいるよ。キング牧師の運動をみれば、歌がどれほど大事かわかる。ルイス[労働運動の有名な指導者]は、みんなが歌う運動になれば勝てると言った。


"No one can tell what a song can do. All you can do is quote people who said, well, that song changed my life or something like that. And leaders like Dr. King have testified how important music has been in the movement. John L. Lewis said a sing movement is a winning movement."




もうひとつは、ピートの弟分?的に親交があった、ピーター・ポール・アンド・マリーのピーターの言葉。


ピート・シーガーは、僕たちを先導してくれた。彼がいたから、何をすればいいかわかったんだ。彼は自分自身の美学、良心を生きた。彼が考えていたことは、われわれの基盤になった。われわれは、運動の力になってくれと言われれば、いつでも音楽をたずさえて参加した。それは今でも変わらない。」


"He gave our life direction. He was our inspiration. He lived his ethic. And his whole perspective, which was that music was there to bring people's hearts together, was really the basis for Peter, Paul, and Mary's doing what we did, and always using the music when we were called upon to be a part of the March on Washington in '63, the Selma, Montgomery, march, the anti-war movement, and even through today."



やはり、人生で大事なのは、いかに自分を信じるか、そしてそのとおり実行するかどうかなのだ。










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 06:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
白湯(さゆ)パワーに注目!
国際線のフライト・アテンダントに聞いた話だが、中国人は機内で暖かい白湯(さゆ)を注文するという。

彼らの知恵で、冷えを防止し、腸をととのえ、乾燥した機内での水分補給になる。

じつは、コーヒー・紅茶を飲んでも、身体にとっては白湯ほどの水分補給にならないのだそうだ。



そういう話を聞くと、さっそくやってみることにしている。



朝起きて、コップにたっぷりの白湯を飲んでみた。そのあと食事(スムージーなどとくに良いらしい)。よくかんで、胃を刺激する。

二時間後、いい感じでトイレに行きたくなった。


飲んでみて気がついたのだが、白湯は意外においしい。コーヒーや紅茶より、湯気をかぐとホッとできる感じがある。


経済的だし、なによりシンプル。


これはつづけてみよう。











 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人生を変えたふたつのマンデラ演説
TIME誌に、故マンデラ氏の有名な演説の一節が紹介されている。

いずれも、現場で聴いていた女性(現在58才)が覚えている言葉で、「自分の人生を完全に変えた言葉でした」というものである。


ひとつは、1990年、マンデラ氏が監獄から解放されて最初の演説。



「私が戦っているのは、白人の支配でもなく、黒人の支配でもない。すべての人が平等の機会と調和のうちに生活できる自由な社会。そのために私は生きたいし、必要なら死んでもいい。」



これを聴いた彼女は、それまで白人を憎んでいたが、「前に進みたいなら、相手とひとつになって慈悲の心をもつこと。憾みや敵意は人を後退させるだけ。 If you’re going to move forward, you can only unite and show love. Bitterness and hatred take you backwards.」と気づいたという。


Then, to a dangerously surging crowd, he repeated his words from his trial in 1964 at which he had been sentenced to life in prison. “’I have fought against white domination and I have fought against black domination,” said Mandela. “I have cherished the ideal of a democratic and free society in which all persons live together in harmony and with equal opportunities. It is an ideal which I hope to live for and to achieve. But if needs be, it is an ideal for which I am prepared to die.”
 

Watching then on television, transfixed, was ANC activist Charlotte Petersen-Davids. Now 58, she was in the crowd on Friday. “That speech changed me completely,” she said. “I never liked white people. I saw them as my oppressors. Those words taught me that if you’re going to move forward, you can only unite and show love. Bitterness and hatred take you backwards.”
 




もうひとつ、彼女を変えたのは、マンデラ氏が教育の重要性について指摘した演説だった。


「教育は、世界を変える最大の武器だ。Education is the most powerful weapon with which you can change the world.」


これを聴いた彼女は、40代で学校に行き直し、いまは看護士になるために大学に通っているという。
 

Not long afterwards, another famous Mandela speech changed Petersen-Davids a second time, she said. “Madiba said, ‘Education is the most powerful weapon with which you can change the world,’” she said. “I was crying. I thought, ‘This man is coming out of prison and he cares about whether we’re going to school.’” In her 40s, she went back to school, then onto university. “Now I’m studying to be a staff nurse at medical college. I’m 58!” She laughed. “He changed my life,” she said. “He changed the whole world.”






Read more: Nelson Mandela's Jailer Mourns Madiba's Passing | TIME.com http://world.time.com/2013/12/06/mandelas-jailer-he-was-my-prisoner-but-he-was-my-father/#ixzz2oiy5zRj0










 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
自己論 おわり
それで、どうしたらいいか。


正解は、②をふくんだ①であろう。


つまり、自分の器は強固な自分を素材にして作っておくが、器の中は空っぽにしておくのである。

器じたいは、謙虚でありながらも他者の不当な干渉は拒否する精神によって制作しておく。

しかし、器には何もいれないで、他者に接する。


そうすれば、他者にとってもわかりやすく、しかも他者を受け入れる自己がつくれる。









(おわり)







 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
自己論 その1
誰を相手にしても、あがったりおごったりせず、平常な気持ちで話ができれば理想的だ。

最近、そうするための型にいくつかあることに気がついた。



① ひとつは、自分の心を大きな器にしておいて、中をゼロにすることである。

これならなんでも入る。つまり相手を受け入れながら愉快に話ができる。

これを「無用の用」(荘子)型と呼ぼう。



② もうひとつは、自分の心の器を、自分でいっぱいにしておくことである。

これなら外から何も入らない。つまり相手の影響を受けないから、どんなケースにも対応できる。

この型のコツは、とても謙虚な自分で、器をいっぱいにしておくことである。

すると相手に傲慢な印象を与えることなく、相手の影響を拒否できるが、話相手のほうは、面白くない人という印象をもちやすい。

これを謙虚自立型と呼ぼう。




おそらく、多くの人は①と②の中間にあって、相手に応じて自己を変化させ、変化させることで自己を維持している。










(つづく)









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 07:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
まず問所(もんしょ)を選べ(道元)
道元の言葉に、



 
「若(も)し問処(もんしょ)を蹉過(さか)せずんば、
豈(あ)にその人に非(あら)ざらんや」




 
というのがある。


 
<まず大事なのは、自分が抱く問いが間違っていないことだ。それだけで、人として正しい位置にいるといえるではないか>


 
問いじたいに、正誤があるのだ。間違った問いを問わないことは、決定的に重要である。
 
いろいろな学説をみても、もっとも大事なことは、最初の入り口を間違えないことである。
 
間違ったドアから入った学説には、永遠の迷宮が待っている。


 
これは、鉱脈を探してトンネルを掘る作業に似ている。
 
トンネルは小さくていい。しかし、掘りはじめる位置、掘っていく角度が少しでもズレていると、永遠に鉱脈に当たることはない。
 
たとえば、指導とか教育とかも、その人ごとに異なる鉱脈を察知し、それに適した「問処(もんしょ)」を示唆してあげることである。















 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 07:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
同時通訳・達人のつぶやき 「道遠し」問題について おわり
この「道遠し」問題について、私は次のようなことを思う。



◯ 日本にいるわれわれとしては、なんでも英語で言えるようになる、書けるようになって、ようやく「英語ができる」といえるのだ、というような超人的発想はとらないほうがよい。

日本語でも、たとえば私には医学や物理の論文は書けないし、読んでもほとんど理解できない。たとえネイティブでも、なんでも書ける・わかるわけではないのだ。

また、道順を教えるといった、なにげない事柄ほど、非ネイティブは聞いたり表現したりする経験をもちにくいし、たとえ表現できても文化的に高い内容というわけでもない。


「道順くらい言えないで、次にはいけない」


というような、英会話学校的な発想は勘違いである。

むしろ自分に必要な分野、関心のある分野を特定して、その分野で着実に向上していくのがよい。道順のようななにげない事柄の表現は、そのかたわらで適宜覚えていけばすむことである。

道順が言える、ホテルで苦情が言える、英語で日記が書ける、それが私のめざす分野だ、というなら、それを極めればよい。

自分の目標を特定する。

これが外国語を楽しみながら上達する実際的なやり方である。



◯ それにしても、上記の國弘氏の文にあるように、「たとえば冠詞や前置詞、それに名詞が単数形か複数形かなどという点」について、われわれ非ネイティブが自分なりの自信をもって話したり書けたりできる文法の確立が急務である。

学校で習う「英文法」は、実際例を整理しただけの「昆虫採集」にすぎない。

ひとつの対象認識からはじまって、英文という表現を成立させるまでのプロセスを正確に追体験できる道場が必要なのだ。












(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 07:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
同時通訳・達人のつぶやき 「道遠し」問題について その1
日英同時通訳の草分けで、格調ある”クニヒロ・イングリッシュ”の使い手として知られる國弘正雄氏(1930-)。

國弘氏の著書の一冊に、『怒濤の入試英作文 基礎20題』(たちばな出版、2003年)というのがある。

大学受験者向けの参考書の体裁をとっているが、実際の答案例の添削を通じて、英語とはどういうものかを深く考えさせる好著である。

この本の「はじめに」で、國弘氏は次のように正直な気持ちを書いている。

<あの達人にして、この心境?>という驚きとともに、静かな共感があったので、メモしておく。







「英語教育に携わる人びとにとって、なにが自信を持ちえぬ難題といって、和文英訳にすぎるものはない。


われわれにとって英語はしょせんは外国語、子守唄を聞いて育った母語ではない、だからどこまでいっても、隔靴掻痒(かっかそうよう)の憾(うら)みは残る。


不肖、小生も英語を母語とする国に長年を過し、教育テレビやラジオ番組で、斬れば血の出る英語を使うべく努力はしてきたが、和文英訳ないしは英作文となると、本当のところは自信がない。


われわれに可能なのは、多くの英文を読み聞き、英借文に邁進するのがせいぜいである。


でも外国人の日本語学習者にとって、てにをは、つまりは助詞の使い方がむずかしく、敬語をキチッと使いこなすことに難渋するように、たとえば冠詞や前置詞、それに名詞が単数形か複数形かなどという点になると、日暮れて道遠しの思いが離れない。


一生が修行だと思い知らされては、トボトボと重い足取りを進めるばかりである。」



(國弘正雄『怒濤の入試英作文 基礎20題』たちばな出版、2003年、3頁)










(つづく)














| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 07:07 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
もしも宝くじが当たったら?  お金の使い方も気持ちが大切
もしも宝くじで大金が当たったら?

アメリカで億単位の宝くじを当てた人たちを集めて、不動産業で成功した億万長者のビジネスマンがお金の使い方をアドバイスするという企画があった。



http://www.nbcnews.com/video/dateline/51037105#51037105



当たった人は、それまでの人生や人柄によって、それぞれお金の使い方にちがいがある。

手にした大金をもとに、年配女性のための派手な靴の製造・販売業を起業し、軌道に乗せたいという50代の黒人女性。

この人に対しては、ニッチな市場として有望かもしれないが、靴産業に経験のないあなたが参入するのは危険で、お金を失うだけなのでやめたほうが良いとアドバイス。

フロリダでセカンドハウスとして豪邸を購入しようとしたカップルには、今、不動産は「買い」の時期だが、もっと幅広く物件を探し、調査・勉強もして、慎重に行動したほうが良いとアドバイス。

もう一組は、夫と死別し、苦労して子育てをした女性と年配男性のカップルで、このケースが一番おもしろかった。

このカップルは、自分たちが貧困で苦しんだことをふまえ、慈善事業にお金を使いたいと考えて、すでにかなりの寄付をした。

これに対して、困っている人は無数にいるから、無計画に寄付するとたちまち大金が消えてしまう。まずは「寄付を断る」心構えと、お金の使い方の勉強をすべきだ、とアドバイス。

そのうえで、ベテランの億万長者氏は、



「それにしても、人を救いたいというあなたがたの姿勢は素晴らしい。そのまますすめてください。 Just keep up the good work. Really fantastic job. 」



と賞賛していた。

自分たちの経験と年齢を考えて、危険なことに手を出さず、感謝をかたちにして、お金を人のために活用したい。

元貧乏カップルのそういう心が、やり手の億万長者を感動させたのだ。







お金は数字にしてしまえば、どれも同じようにみえる。

しかし、お金は元がなんであったか、それがなんのために使われるか、どんな技術で使われるかによって、じっさいには意味が変わる。

芸術作品に似て、お金もどんな「心」が入っているかが重要なのだ。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
死の枠を溢れ出る生 フェルメール・センター銀座の北斎展
フェルメール・センター銀座で北斎展を見た。


http://www.vermeer-center-ginza.com/



富嶽三十六景と諸国瀧廻りの全作品が展示されている。

思ったことをいくつか。


◯ 北斎は、なぜ富士山に魅せられたか。

解説の千住博氏が、

「北斎にとって富士山は生と死の境目にある存在だった」

と述べているが、これは鋭いと思う。

山の端を見ていると、ふっとこの世を忘れることがある。

山の端は、こちら側とあちら側の境目だからだ。

北斎の富士は、この世とあの世の境目から人々の生活を見つめる存在である。



◯ では、北斎にとって滝とは何か。

あちら側の幽界からこちら側に流れ落ち、しばらく姿を現しては、奈落へと消えていく存在。

それが滝だったのではないか。

あの世とこの世。

山がその不動の境目なら、滝は、あの世をのぞきこむ、動くカーテンのようなものだったのだろう。



◯ なかでも印象に残ったのは、「凱風快晴」通称「赤富士」。

千住博氏が、「何十枚も試作してはじめて描ける絵」と、実作者ならではの観察をしている。

明快で近代的な構図と色彩。

絵のなかに人物はいないが、ここでは人間の社会(その代表が作者・北斎)と、大きな自然が一体になっている。




◯ 浮世絵が世界に与えた真の衝撃とは、日常のなかの美の発見であった。

これも千住博氏の解説を聞いて、ハッとしたことだ。

印象派のどこが新鮮で革新的だったかというと、それは身の回りのものに美を発見する感覚そのものだったと。

そう考えると、浮世絵とか印象派は、絵画の世界のロマン派だったのかもしれない。






北斎(1760−1849)は、ヘーゲル(1770−1830)やベートーベン(1770−1827)と同時代人である。

古典的な枠(浮世絵の版木、国家、ソナタ形式…)をもちながら、日常へのロマン=生への愛惜(わび)よって、枠から溢れ出ていった才能たち。

枠があるから、溢れ出る。

富嶽は死のシンボルだが、死の世界から溢れ出たものとして、この世がある。

死があるから、生が溢れ出る。













| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 60代の気持ち | 08:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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