ごきげんようチャンネル

あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
        ヤコブの手紙 5:3    

マタイ受難曲 思想は人間の行動で実証される

いま午前7時前。FMの番組がマタイ受難曲を紹介している。

 

イエスの受難を描いたバッハの大曲だが、キリスト教には、ある意味でイエスの物語以上に重要なエッセンスがある。

 

それは、イエスの受難の物語に感動し、聖書を指針に生きた人々が、これまで大勢いたという事実である。

 

イエスの人格と生涯には、疑問符をつけることも可能だ。フランス革命のころに、あるカトリックの神父が、聖書を引用しながらイエスを「嫌われ者で狂人の馬鹿者」と実証?した遺書をものし、これが各地で密かに読まれていたという実話を読んだことがある。

 

しかし、イエスの実態がどうであれ、バッハがイエスの物語に感動し、その感動を大曲として表現したことは疑いのない事実である。

 

いま問題になっている籠池氏の右翼思想も、構造は似たところがある。右翼思想じたいは、古くて反時代的なものであっても、それに共鳴する人物が実際にいて、政治家や大金をあやつって学校までつくろうとしたことは、疑いのない現在の事実である。

 

思想の内容もさることながら、それを信奉する人物が現にいるかどうか。

 

思想は、どんなに古いものであっても、生身の人間の行動によって常に新しい現実になる。

 

 

✳︎「嫌われ者で狂人の馬鹿者イエス」を、聖書を使って堂々と主張した大作とは、

ジャン・メリエ『ジャン・メリエ遺言書−すべての神々と宗教は虚妄なることの証明』(法政大学出版局)

小さな村の教会で黙々と神父の仕事をこなしながら、イエスを痛罵した長大な遺書を残し、死後に地下出版されてフランス革命にも影響を与えた本だ。

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
スマホ万歳!60代だってやるぞ〜〜

やっとスマホに変えた。三日ほど使っているが、なかなかいい。

 

携帯ともパソコンとも違う使用感がある。誰かが、これからはすべてが

スマホに集約され、パソコンは時代遅れになるだろうと言っていたが、

本当にそうかもしれないと思ってしまう。

 

われわれの世代(60代はじめ)は、レコード・カセットテープからCDへ、

タイプライターからワープロへ、パソコンからスマホへと、日常生活

で使う機器が10年単位くらいで次々と変化し、その都度あたらしい

使用方法に慣れるということを経験してきた。

 

60代になると、さすがにこうした新技術の習得がしんどくなる。携帯から

スマホに変えるのが遅れたのも、正直、あたらしいものの扱いを覚えるのが

面倒に思えたからだった。

 

しかし、「もう年だから昔のままで…」という言い訳はしないことに決めた。

 

新技術といっても、一般のユーザー向けのものは、そうたいした技能が

要求されるわけではない。慣れればいいだけのことだ。

 

新技術で失うものより、得られるもののほうがずっと大きい。

 

スマホ万歳! そういえる年配者になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 今さらながら現代サイエンス | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
『資本論』はあちこちに欠陥がある だから面白い

マルクスの『資本論』は、やはり魅力のある本だ。しかし、あまり

神聖視?しないほうがいいと思うこともある。

 

読み込んでいくと、重複があったり、構成がわかりにくかったりする。

欠陥もかなり目につくのだ。

 

たしかマルクスは、自分は『資本論』を後半のほうから書き始めたのだ、と

誰かへの手紙で述べている。ということは、誰もが読み始める第一巻は、

マルクスが後で書き足したものだということになる。

 

第一巻の内容は、彼がすでに経済学批判などで詳しく考察したことの要約だったり、

マルクスにとっては解決済みの初歩の概念の説明だったりする。

 

第一巻、とくに前半部分の執筆は、マルクスにとってはあまり気が進まない

作業だった。構成上必要だから書いておくけれど、あまり楽しい仕事ではない…

 

そういう淀んだ気分が、第一巻前半のスピード感のない叙述の雰囲気に

出ていると思う。

 

考えてみれば、ワープロもない当時の環境のなかで、あれだけ膨大な原稿を

秩序だてるのは大変な作業であり、叙述の重複や構成の欠陥は避けられ

なかったと思われる。

 

しかし、そういう欠陥があるからこそ、『資本論』は人間的な魅力を

放っているともいえる。読み手としては、そういう欠陥を心得ることで、

この名著からより深い知恵を汲み出すことができる。

 

そういう本でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 言語の資本論を書く | 19:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
世阿弥はなぜ残ったか 書いて残すことの力

いま「連関の論理」という論文を書いている。マルクスの価値形態論に

ヒントを得たのだが、なぜかこの種の論理的拡張を試みた人がいなかった。

 

「連関の論理」によって、いわゆる弁証法の体系とか、観念論と唯物論とか、

心身問題とか、脳科学とかいった、基本問題へのアプローチの仕方がわかる。

人間にとって昔から難問とされてきた、こういう問題を解く糸口が見つかる。

 

書いている本人としては、そういう思いでいるのだけれど、

むろん、すぐに信じてくれる人がいるはずもない。

 

それでも、私は書いておきたい。

 

昔、世阿弥がなぜ今日まで残ったかと考えたことがある。その答えは、

彼がものを書いて残したからだと気がついた。

 

だいたい、役者はものを書いて残さない人が多いような気がするが、

世阿弥は作品だけでなく、芸道論も書いている。その内容が優れている

のはもちろんだが、とにかく彼がたくさん書いておかなかったら、

今日ほどの影響を残せたかどうか、疑問である。

 

本人が命と引き換えにしてもいいと覚悟できたものを

成就できたかどうかで、人生の達成が決まる。

 

連関の論理と、いま半分くらい書いた英語の世界観、そして次に予定している

「史的唯物論」の再構築。

 

この三つの作業をもって、学問上の私の生涯は終わる。命と引き換えにして、

この三つを達成したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 50代の気持ち | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
人生のスピリット 意味・意志・価値

ちょっと面白いことだが、人生にはスピリット(人を鼓舞するもの)が

三つしかない。

 

「意味」は、私的な認識の社会的な表れ。語ることと、その内容がわかること、わかってもらうこと。

 

「意志」は、人の行動が表すスピリット。人の全身の動きが意志を表す。

 

「価値」は、物質的な利益。

 

マルクス『資本論』は、三番目の「価値」の話である。政治学は人々の「意志」の

支配の問題であり、言語学は「意味」を扱う学問だ。

 

よく観察してみると、人間にとってこの世には、この三つのスピリットしかない。

 

私に欠けていたのは、「意志」の重要性の認識だ。

 

意志こそ、意味と価値を統合するものだ。意志なき意味、意志なき価値は本格的な

スピリットに欠ける。

 

なにがしたいか。なにを残したいか。

 

意志ある意味、意志ある価値に、最高のスピリットが宿る。

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 50代の気持ち | 07:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「いのちと引き換えに、この意志を残す」

今になって思う人生のキーワード。

 

 

「いのちと引き換えに、この意志を残す」

 

 

「いのちと引き換え」とはおおげさのようだが、じっさい、

人は毎日「いのちと引き換え」に暮らしている。

 

自分の「生き方」こそ、誰もが残せる「後世への最大遺産」だと

言ったのは内村鑑三だ。

 

たしかに、「生き方」はなんらかのデータとして誰もが残せる。著述や作品だけでなく、

自分の子孫、自分が働いた会社、そして自分が声をかけた相手だって、

自分のデータを保存しているともいえるからだ。

 

しかし、「いのちと引き換え」にしてもいいと思えるものを見つけ、

実行するとなると、なかなかむずかしい。人はみな、

いのちと引き換えにしてもいいものを探しているのだともいえる。

 

だが、むずかしいながら、誰もが残せる貴重なデータがある。

 

それは意志だ。

 

意志というデータ、意志というDNAは強力だ。そして誰もが残せる。

 

いのちと引き換えにしてもいいものとは、いのちをくれた神様に

奉仕すること、いのちをくれた人に返すことだと考えれば、信仰になる。

信仰とは、その人の意志だ。

 

私の場合、「これができたら、いのちと引き換えてもいい」と思えることがある。

自分がもらったいのちに自分が奉仕しようというのだから、ミニ信仰のようなものだ。

 

もう一度言おう。

 

「いのちと引き換えに、この意志を残す」

 

これが人生のキーワードだ。

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 50代の気持ち | 07:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
久しぶりにつぶやき再開です  2017年3月2日

ほんとうに久しぶりに記事を書きます。

 

私も60代になり、ものを見る角度が変わってきたような気がします。

 

そういう私が日頃思う、ちょっとしたことを書いておきたいと思います。

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | - | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ゴシック建築と英語の構造  おわり
唐澤一友『英語のルーツ』(春風社、2011年)は、英語の前置詞と格変化の消失の関係について、次のように述べている。



「古英語の与格が位格、具格、奪格を吸収し、これらの格の機能をも兼ね備えるようになったように、格の統合が進むと、複数の機能を担う格ができる。…

一つの格の表し得る意味が多岐にわたるようになると、…どの意味で用いられたのかはっきりしなくなったり、判別がつかなくなることすらある。

このような曖昧さを回避するための一つの手段として発達したのが前置詞の使用である。…

格変化の体系が大きく崩れた英語においては、その反動として前置詞の用法が大いに発達している。」(127−128頁)




こうした変化の結果、近代英語は代表的な格関係のパターンを選定し、個々の語ではあまり格変化を表現しないですませるという方法を選んだ。これが英語の「文型」であり、それは古英語以来の「格変化の体系が大きく崩れた」ものである。

文型の成立によって生じる「曖昧さを回避」し、文型の外に出した実体との微細な関係の表現を担うものとして、前置詞が発達した。

教会堂の内部空間を広く高く確保し、祈りと祝祭の空間をより自由にするために、バットレス構造を建物本体の外に出したゴシック建築に似ている。



ちなみに、古英語が大きな変化をとげ、近代英語が成立していった中英語の時代(1150−1500年)は、まさしくゴシック建築の時代である。









(おわり)









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 09:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ゴシック建築と英語の構造  その1
言語と建築の関係について、面白いと思っていることがある。

ゴシック建築と英語の前置詞の関係である。



ゴシック建築の特徴として、教会堂の外に「控え壁 buttress」と呼ばれる小型の壁を何本も立て、それと教会堂の壁を「飛び梁(りょう) flying buttress」という細いアーチで結合する技術がある。

パリのノートルダム大聖堂が、まるで発射前のロケットのように何本かの尾翼をもっているように見えるのも、控え壁と飛び梁によって建物が補強されているからである(以下、これを<バットレス構造>と呼ぶことにする)。


私は、英語の前置詞がこの飛び梁であり、控え壁は前置詞に附属する名詞(いわゆる前置詞の目的語)であるとイメージすると面白いと思う。

ゴシック建築が、バットレス構造で外部から補強されることによって広く高い内部空間やステンドグラスの明るい壁を確保できたのと同様、英語は<前置詞+目的語>という構造を主構造(いわゆる文型)の外に出すことによって、文型の内部を単純かつスピード感のある空間にすることに成功した言語であると思う。


前置詞句が、いわばゴシック建築におけるバットレス構造のようなものであることは、英語の歴史にも根拠がある。








(つづく)








 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 英語 | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
近代の日本語研究は欧米人が先導した
朴孝庚「明治前期の文末表現について 西洋人の著作を中心に」(『立教大学大学院日本文学論叢』第9号、2009年8月)



これを読んで、日本語論の歴史について、ひとつ気づかされたことがある。

日本語にかんする語学的研究は外国人が先導した、という事実である。



第一の波は、1600年ごろ、キリシタン宣教師による日本語研究である。『日葡辞書』1603年、『日本大文典』1604年、『日本小文典』1620年。209頁


第二の波は、19世紀の半ばから後半、フランス、オランダ、イギリス、アメリカの人々による日本語研究である。欧州で日本語の文法論が出版されるほか、来日した欧米人によって日本語文典(会話例集)や文法論が出版されるようになる。210頁


主なものを挙げると、



1857年 クルチウス『日本文法試論』(ライデン刊)
1863年 オールコック Familiar dialogues in Japanese
     ブラウン Colloquial Japanese
1867年 ヘボン『和英語林集成』(上海刊)
1873年 サトウ Kuaiwa hen 
1888年 チェンバレン A Handbook of Colloquial Japanese




西洋人によるこうした著作を追うようにして、日本人による本格的な日本語研究が出版される。



1881年 井上哲次郎『哲学字彙』
1882年 大槻文彦『言海』初稿(初版1889年)
1886年 末松謙澄『日本文章論』
1897年 大槻文彦『広日本文典』
1901年 松下大三郎『日本俗語文典』



朴論文は、「日本人学者による本格的な研究の成果は明治30年代に入ってから続々発表された」「西洋人の日本語研究は、近代的な日本語研究が本格的に始まる過程で大きな影響を与えた」と述べている。210頁



むろん、江戸時代にも日本人による日本語研究はあったのだが、日本人による「近代的な日本語研究」は、外国人による日本語研究を参考にしながら始まったと言ってよさそうだ。

日本人は、自国語の研究を外国人に先導してもらったのである。

これは面白い現象だ。

この例からいうと、たとえば英語の研究を、英語を母語としない者が先導することもありうるのかもしれない。(じっさい、デンマーク人の英語学者、イエスペルセン1860-1943 の例もある)

方法が斬新で、権威・見本として受け入れる余地がある場合、外国人の研究が自国語研究において主導的な役割を果たすこともありうる。



このような、近代における日本語研究の経緯は、弊害ももたらしたであろう。外国人による日本語の会話用例集や語彙集を参考にして、日本人による日本語研究が近代化したことは、日本の言語研究が西洋言語学の欠陥までも輸入する素地をつくったはずである。




漢文訓読の伝統と、西洋人の著作による言語研究の先導。このふたつがもたらした影響は、その後も長く日本の言語研究と言語教育を規定したと思われる。









 
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 国語・日本語・ニッポン語 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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