ごきげんようチャンネル

"Life is too short to wake up with regrets." author unknown
           

武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった おわり

歴史は、人と土地との関係ではなく、むしろ人同士がとり結ぶ社会関係を出発点に考えるのが良い。

 

マルクスの「資本制に先行する諸形態」を読んで印象に残るのは、人と土地との関係(土地所有)よりも、人と人の関係つまり社会編成のあり方、とくに労働のあり方が論理的に先行すると、マルクスがしばしば述べていることである。

 

人と土地の関係を出発点にする風土論や生態史観のような発想では、社会の成立事情を見誤る。これは歴史をみるとき、根本的に重要な視点である。

 

本書にも、このことを考えさせる叙述がある。

 

 

 

「開発所領・名字の地など本貫の地では武士の支配権は絶対的なものであったろう。しかし新補の地ではそうはいかない。中央の権門が荘園領主であり、権門の支配が確立した地域社会では、武士は新参者にすぎなかった。... 

 

そのような地域にあっては、寺社を主眼においた独自の視点を用意しなければならない。東国であっても、寺僧は絶えず京都や鎌倉とを環流していた。地域は武家の独占する所ではなかった。...

 

地域の武力装置としての武家と極楽往生・現世利益の装置としての寺社が、バランスをとって支配装置を構成していたに違いない。...浄土系寺院・顕密寺院などの寺家、そして武家が加わり、総体として地域社会と向き合っていた。

 

寺家は京都や鎌倉の本寺との関係があり、経典が地方へともたらされ、僧が送りこまれる。武家は幕府御家人として、もしくは京都の公家との関係を結び武芸を持って在地支配に参画する。

 

それぞれが中央とのパイプを持ち、総体として地域社会に対峙していた。比喩的に『地域社会の権門体制』ということもできるのではないだろうか。」204-205頁

 

 

 

 

「国取り」や「国替え」が盛んだったのは江戸初期までだが、どこでも武士団は多かれ少なかれ、外からやってきた、あるいは地域の外とつながった在地の支配集団という性格を維持していたのではないだろうか。

 

それが、明治政府によってより中央集権的に改変され、支配集団としての国家権力が、直接住民に対峙する体制となった。

 

私はかつて国立大学の教員だった。キャンパスはたしかに地域の中にあり、地域の大学をうたってもいるのだが、どこか国家の天下り組織という印象があった。今でも各地の役所は、首長をはじめ職員のほとんどが地元民であるにもかかわらず、「お上」というイメージが消えない。警察署や郵便局も同様である。

 

これを望ましくないことと考える人も多い。ただ、人が国家という包括的な支配体制をつくっている以上、この種の「外からの地域支配」という性格をゼロにすることは難しいだろう。

 

武士は、武力を独占する集団を形成し、その「外部性」を力の資源として、それぞれの地域を政治的に支配した。武士団は、耕地や山林の開発を管理し、地域のインフラを整備し、寺社と提携して意識形態を束ね、地域の安全を確保し、地域のプライドを代表する上部構造でもあった。

 

 

 

...

 

 

 

 

本書のエッセンスは、次の文に表れているように思う。

 

 

 

「武士と軍事は切っても切れない関係にあることは間違いない。しかし、武士という存在を軍事のみで考えようとしたことはなかったであろうか。地方の農村に生まれた武士が巨大な領主に成長していく姿を、軍事的サクセス・ストーリーとして理解しようとしてはいなかっただろうか。この推測が的を射ているならば、その背後には近代国家が理想とした兵士の姿を思い浮かべることもできるように感じる。」(198頁。太字は引用者)

 

 

 

近代以降の「日本史」イメージにおける「武士」には、狡知と武力で世界に成り上がっていこうとした明治国家の理想が、無意識のうちに読み込まれていたのかもしれない。しかも、近代世界にあっては、「武士」という限定された社会集団を再興するのではなく、社会の雑多な構成員を巻き込んだ国民軍を編成しなければならなかったから、歴史上の「武士」のイメージは、常に「忠君」と結び付いていなければ危険であった。

 

中世初期の「武士」は、戦国時代のように戦闘を主とするというより、勃興する生産力を束ね、「安穏」を願う社会の意識形態を先導する地域的権力集団であった。そうとらえる方が、歴史の見通しは良くなるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 09:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった その2

浄土信仰を全国に広めたのは、各地の武士だったのかもしれない。

 

浄土信仰は平安後期から鎌倉にかけて盛んになったが、その受容者は農民など平民層だったというイメージもある。

 

しかし、本書を読んでいると、むしろ、最初の受容者は武士層だったのではないかという気がしてくる。

 

過去世からの因縁で現世があるとすれば、来世はどうなるのか。来世について、極楽浄土という華麗なイメージを提供した阿弥陀信仰は、当時の人々の世界観の欠落あるいは貧困な部分を埋めるものとして受容されたのかもしれない。

 

そして、この浄土の観念を理解し、それを支える土台(建築物)たる阿弥陀堂を、自らの本拠地の西に配置し、その守護者として自ら任じ、民衆の観念を束ねたのは、各地の武士層であった。101、113頁。

 

「武士」という呼称は、由緒ある貴族と比較すると、武力の担い手であるという特徴があったことからきたものだろう。しかし、「武士」の内実は、列島の各地で人の能力が高まり、その能力を先導した地方支配の集団であったのではないか。

 

室町以降の一向一揆は、守護大名のような有力武士に対する対抗であるが、その前提は、地方武士が広めた浄土信仰に、広範な人々が集結していたことだろう。

 

農耕地の開拓、農耕・漁労のような生産労働力の安定化、道づくりや漂泊民による物産・芸能・文化の流通、武器・戦法の発達による社会の緊張の高まりといった要因が、社会をより豊かにし、かつ不安定にした。豊かになり、不安定だからこそ、人々は観念上の安穏を求めた。仏教は、文字による抽象思考を普及させる原動力にもなった。

 

こうして高まりゆく人々の能力を主導した集団が、「武士」であった。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 07:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
武士は、土台と上部構造と意識形態を統合する地方支配層であった その1

斎藤慎一『中世武士の城』(吉川弘文館、2006年)。

 

面白く読んだ。

 

いくつか印象に残った点をメモする。

 

 

仏像が好きな人は少なくない。だが、仏像には多種あるので、互いの違いや関係がわかる人は案外と少ないかもしれない。

 

覚えておくと面白いのは、かつては東西南北に特定の仏が配分される傾向があったということだ。中世以降のことだと思うが、次のような原則があるという解説を何かの本で読んだことがある。

 

 

 

東  薬師如来   

南  観音菩薩   

西  阿弥陀如来  

北  弥勒菩薩   

 

 

 

釈迦如来は、生身の人間というイメージもあるので、真ん中(現世)。

 

多くの仏が四方を守ってくれるというのは、薬師に十二神将、帝釈天に四天王がいるのと同種の発想だろう。

 

この本には、武士の本拠地には、こうした仏による四方守護の発想があったらしいことが書かれている。

 

例えば江戸の場合、江戸城を中心に、

 

 

 

東 寛永寺の薬師如来

南 浅草寺の観音菩薩

西 増上寺の阿弥陀如来

 

 

 

となっている。194頁。これだと北を守護する寺がないし(日光がそれかも)、正確に東西南北でもないが、江戸を代表する寺の相互関係は、だいたい上記の伝統に合致していることがわかる。

 

中世武士の各地の本拠地も、おおむねこのような方角に、それぞれの仏を安置した寺を建立する傾向があったらしい。

 

現在、個々の寺の本尊はばらばらになっているが、かつてはこうした配分によっていたことを覚えておくと、お寺同士のかつての関係や、武士の本拠地の位置を推測する材料になるかもしれない。

 

また、各地の寺には大量の経典が所蔵され、それが支配地の安穏のための重要な財産とみなされることがあった。貴重品であったため、戦いで奪取の対象にされることもあったらしい。

 

なお、祖先の霊は、西方に位置する神社や墓地や山が居場所・礼拝所とされた。

 

もちろん、以上は一般的な傾向にすぎず、じっさいには各地の実状に応じてさまざまなバリエーションがあった。

 

武士は、地域を守護する神仏という意識形態を支える土台(建築物)の建築者であり、パトロンであり、地域デザイナーでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 史的唯物論から史的連関論へ | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ファラデー『ろうそくの科学』(1861)の真実

 

ファラデー『ろうそくの科学 The Chemical History of a Candle』(1861年)は、いまも科学少年・科学少女を生みつづけている名講演録(英国王立研究所にて)。

 

ファラデー(Michael Faraday, 1791 - 1867)はイギリスが生んだ大化学者で、私は化学が専門の大学同僚から、「ファラデーは、ろうそくの科学だけじゃない。化学史では本当に偉い人なんだ」と教えてもらったことがある。

 

『ろうそくの科学』を読んでみると、日本では幕末にあたる時期に、ヨーロッパではこれほど科学的な世界観がつくられていたことに驚く。カント、ヘーゲル、マルクスといった19世紀の思想家が、当時の自然科学の発展に常に注目していたのもうなづける。人間や社会にかんする思想は、いつも自然観とペアで発展する。

 

『ろうそくの科学』は、今日の地球温暖化問題にもつながっており、夏休みの子どもの読書にも適している。

 

以下、講演のなかのいちばん面白いところを要約してみよう。

 

 訳文は、http://www.genpaku.org/candle01/candlej6.html を元にさせてもらったが、読みやすくするため、主旨を変えない範囲で、かなりの省略と字句の変更をほどこした。

 

 

 

 

 

 

さてここで、わたしたちの研究対象のとてもおもしろい部分にみなさんをお連れしなければ。

 

それは、わたしたちの体内で起こる燃焼についてです。

 

わたしたちは一人残らず、生き物としてロウソクによく似た燃焼プロセスをもっています。

 

もともと炭素は、空気に触れても勝手に燃え出したりしません。ところが、肺の中に空気が入ったとたん、炭素は酸素と結合します。人間は凍死寸前になるような低温でも呼吸によってすぐに炭酸ガスを生む。だからうまく生きられるわけです。

 

この炭素のおもしろい働きがどれほどのものか、お話ししたら驚きますよ。ロウソク一本で、4時間、5、6、7時間でも燃えるでしょう。すると、一日で炭酸ガスになって空気中に出ていく炭素がどれほどになることか! 呼吸するわたしたちから、どれほど炭素が出ていくことか! これほどの燃焼や呼吸があると、すさまじい炭素が変換されているはずです!

 

人一人は、24時間で炭素200グラムを炭酸ガスに変換します。馬は24時間で炭素を2.2キロ燃やして、自然な体温を保ちます。温血動物はすべて、このようにして体温を保つんです。その結果、空気中で行われている変換は想像を絶するものになります。548トンの炭酸ガスが、ロンドンの呼吸だけで毎日生産されているわけです。

 

それはどこへ行くんでしょうか? 空中にです。炭素が燃えると、それは気体になって大気に放たれます。大気はすばらしい乗り物で、炭酸ガスを他のところに運んでいってくれる。

 

でも、そうしたらどうなるんでしょうか。

 

すばらしいことがわかっています。呼吸で起きた変化は、われわれには有害ですが(だってわたしたちは、同じ空気を二回以上は呼吸できませんから)、地表に生える植物や野菜にとっては、それがまさに命の源になっているんです。一方にとっての病気が、相手に健康をもたらすのです。

 

水の中でもそうです。魚は空気から水にとけた酸素を呼吸します。そして炭酸(二酸化炭素)を作って、それがめぐりめぐって、動物の王国と植物の王国をお互いに依存させるというすばらしい仕事をするわけです。

 

したがって、わたしたちは仲間の存在物すべてに依存しているわけです。自然はすべてお互いにいろんな法則で結びあわされて、その一部が別の部分に貢献するようになっているわけです。

 

さて、講義の終わりにあたって、申し上げられることといえばこんな希望を表明することだけです。

 

あなたたちも、自分の世代において、ロウソクに比べられる存在とならんことを。あなたたちがロウソクのようにまわりの人々にとっての光明となって輝きますように。それによって、小さなロウソクの美しさに恥じない存在となりますように。

 

 

 

 

最後に、ブッダが語ったという「ろうそくのたとえ」を書いておこう。

 

一本のろうそくで何千本ものろうそくに火を灯すことができる。しかし、それで一本のろうそくの火の命が短くなるわけではない。幸福も、分かち合うことで減ることはない

Thousands of candles can be lighted from a single candle, and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decreases by being shared.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 今さらながら現代サイエンス | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
必見! 宇宙の花火

花火の季節。

 

TIMEで見つけた、宇宙花火 cosmic pyrotechnics と題する写真集の一枚.

 

この不思議な星雲の青い光は酸素の分子だという.

 

左下の白い光はさらに遠くにある銀河.

 

 

Nebulae
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 今さらながら現代サイエンス | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
トランスグラマーは構造主義と現象学を含んでいる おわり

「企投」は、私の言葉でいえば<越境 TRANS>である。

 

<越境 TRANS>とは、ルールを足場にしながら、そこからの跳躍を試みることであり、どこかの瞬間で、あるものから他のものへの変質が敢行される。

 

現象学がおそらく見落としているのは、言語の「構造」じたいに企投の親概念ともいうべき<越境 TRANS>が埋め込まれているという事実である。

 

すなわち<越境 TRANS> には二種あり、 

 

 

 言語の一般的TRANS 誰であれ言語で語るときは概念を語彙にし、語彙を品詞にし文を生成する。そこでは多重の変質を敢行せざるをえない。こちらは構造主義的な視点からの<越境>である。

 

 企投という個人的TRANS ,鯤面未らいうと、つねになんらかの「個人」が発するものである言語表現は、他者とのゲームのルール変更あるいは目的変更の可能性をはらむ冒険とならざるをえない。現象学が強調する「企投」とは、こちらの意味の<越境>である。

 

 

どちらの意味においても、言語は<越境 TRANS>を媒介として成立する。

 

ここから、言語に関する私の理論を<トランスグラマー TransGrammar>と名づけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

追記:上記の記事は、数年前に私が書いたものですが、今読んでも面白いと思ったので再掲しました。今思えば、現象学は構造主義的な発想を、構造主義は現象学的な発想を、とりいれれば良かったのでしょうが、それぞれ関心の対象が違うために、そうはいかなかったようです。私の観点からすれば、現象学は個人の認識・表現のレベルを探求し、構造主義は社会の概念のレベルを探求したと考えられます。じっさい、人の観念連関は、認識・表現のレベルと概念のレベルがカップリングされているのですが、現象学と構造主義は互いに「越境 TRANS」しあうことができませんでした。現象学と構造主義に限らず、哲学や心理学は、人がおこなう観念連関のなかの一部を探求してきました。私としては、英語を素材にした「トランスグラマーTransGrammar」を記述することで、言語を代表とする人の観念連関の規範を具体的に記述してみたいと思っています。TransGrammarは、英語人の思考の形式・規範の記述にすぎませんが、「哲学の哲学」とでもいうべき大枠を示唆することはできると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 07:17 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
トランスグラマーは構造主義と現象学を含んでいる その4

言語の理解についての現象学の貢献のひとつは、「企投(きとう)」という実存主義由来の理解を言語活動に読み込んだことだろう。

 

 

「実存的な関係企投が言語の『意味』の基底的本質であり、記号としての言語の『意味』はそれ[実存的な関係企投]を根拠として成立している」(竹田前掲書、173頁)

 

 

同旨だが、構造主義的な理解とペアになっているところを引用すると、

 

 

「言語の一般規範(ラング)が個々のパロール(現実言語)を可能にしていますが、根拠関係としては、パロール(企投的意味)の積み重ねが絶えずラング(一般ルール)を作りあげている」(同上書、172頁)

 

 

この「企投」は人間の身体と言語がもつ「ゲーム」的な性質に根ざしている。

 

 

「ゲームの本質というものは、単にそのルールの体系を正確に記述することではけっして把握できないものであり、…主体のゲーム経験だけがゲームの本質をつかむことができる」(同上書、130頁)

 

 

 

ただ、言語という「集合関係的ゲーム」は、普通のゲームとちがって「目的」が限定されないため、身体と同様に、

 

 

「つねに自分のルールを刷新しつづけるような構造になっており、…プレーヤーの多様な自己設定に委ねられている要素が大きい」(同上書、132-133頁)

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
トランスグラマーは構造主義と現象学を含んでいる その3

現象学がいう「本質観取」とは、意識生成のプロセスの自覚的な再体験のことであろう。

 

エポケーとか本質観取とか、現象学の用語は事態をむずかしそうに見せてしまうが、要は生成の順に事柄を追うという、昔からある歴史学のアプローチを意識に適用したにすぎないともいえる。

 

ただ、現象学は意識が対象であるだけに、構造主義的な構築性に欠けるところがある。それは唯物史観以前の歴史学が事態の叙述に終始して、社会構造の認識に欠けていたのと似ている。

 

ただ、現象学的視点は言語の分析にはなかなか有用だと思われる。

 

前掲の竹田青嗣本は、言語とは「ルール関係を経験する」ことだと表現しているが(竹田前掲書、174頁)、これは客観的な構造(ルール)を主体的に体験するプロセスを一言で述べており、個人によるルールの体験としての言語という視点を提供している。

 

言語の習得は、構造主義的な<上からの解明体験>と現象学的な<下からの編成体験>がペアになったとき十全になるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
トランスグラマーは構造主義と現象学を含んでいる その2

現象学は、このような言語の構造主義的性格が加担して成立している「自然的態度」をいったん「逆転」させるべきだと主張する。

 

 

 

「しかし、確信成立の条件を問うためには、この考え方の方向を変更する必要があります。…

 

『いま私に赤くて、丸くて、つやつやした様子が見えている。だから私の目の前にリンゴが実在しているという確信をもつのだ』

 

という考え方へと変更するのです。」(同上書、74-75頁)

 

 

 

これがいわゆる「エポケー」で、そこから現象学の議論がはじまる。

 

ところで、それなら自然言語は現象学的な発想をただ妨害する存在なのだろうか。

 

上記のように、一般にはそういう傾向をもつだろう。しかし、言語が「自然的態度」を助長するような構造をもつことが十分に認識されれば、話はちがってくる可能性がある。

 

たとえば、上記の

 

 

The photon carries energy. 

 

 

という認識は、なにかが「エネルギーを帯びている」という動態が観察でき、そうである以上、そこに実体があるはずだと考えて、それを「光子」と名づけたことから成立している。

 

そしていったん「光子」という名称が成立すれば、「光子がエネルギーを帯びている」のように、実体から出発してその動態や状態を述べる構造的表現が可能になる。一般の言語表現はこちらである。

 

以上の次第がわかっていれば、言語表現の背後にエポケーの思考を読み込むことは不可能ではない。

 

 

 

 

言語は実体の存在を前提にして、その動態・状態を述べるという表現構造をとる(言語表現の構造主義的性格)。しかし、逆に状態・動態からさかのぼって実体の存在を想定し、それに名称をつけるという認識成立の順序も、言語の構造を観察することによって意識することができる(言語成立の現象学的性格)。

 

現象学的視点は、このように「なぜそのような信念が成立したのか」と問うこと、すなわち「信念成立の条件をさかのぼって問う」という方法であり、それは構造主義的な視点とペアになるべきものだといえる。(同上書、76頁)

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
トランスグラマーは構造主義と現象学を含んでいる その1

 

現象学の解説書に、こういう部分がある。

 

 

「いまここにリンゴがあります。…ふつうはこう考えます。

 

『いま目の前にリンゴが存在している。だから、いま私にその赤くて丸くて、つやつやした様子が見えている』

 

と。これが当たり前の、すなわち自然的態度としての考え方です。」

 

(竹田青嗣『現象学は<思考の原理>である』ちくま新書、2004年、74頁)

 

 

たしかに、言語は上記のような構造をとっている。すなわち、

 

 

「ある実体が、ある動態をとっている。その実体は種々の状態も担っている。」

 

 

という順序で認識するのである。

 

たとえば、

 

 

The photon carries energy.  (光子がエネルギーを帯びている)

 

 

という文は、「光子 photon」という実体が存在していて、それが「エネルギーを帯びる carry energy」という動態をとっているという認識を表している。

 

こうした言語の表現構造は、構造主義的だといえるかもしれない。

 

構造主義とは、

 

 

「人文現象を全体的・有機的な構造との関連でとらえ、かつ模型(モデル)を援用してこの構造の解明を目指し、歴史的、時間的な経過を記述するよりも、それらの生起を可能ならしめる構造もしくはシステムの分析を重んじた」(ブリタニカ)

 

 

と解説される思潮で、1960年代に流行した。

 

現象を「存続させるために働く潜在的な相互依存の機能的連関を構造としてとらえ、その構造を明らかにしようとする」とも解説される。(精選版・日本国語大辞典)

 

私がいう言語の構造主義的性格とは、対象を<実体→動態→状態(→様態)>の四態モデルでとらえ、「全体的・有機的な構造」として表現する言語の性格を指す。

 

言語は、そのような表現が成立した「歴史的、時間的な経過を記述するよりも、それらの生起を可能ならしめる構造もしくはシステム」を記述するかたちをとる。

 

<文法>とは、このような言語の「潜在的な相互依存の機能的連関を構造としてとらえ、その構造を明らかにし」て、これを記述することである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 06:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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