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 魚、水を行くに、行けども際なし  道元『正法眼蔵』



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日本美術は装飾にすぎない  千葉茂夫氏の日本的空間論
千葉茂夫『未生の日本美術史』が主張する「日本的空間」論を要約すると、次のようなことだと思う。

日本列島には「自然というひろがり」しかない。そこでは草木が生育し人が生きてはいるが、それはもとからそこにあり、自然にそう「なる」ものであって、ドラマらしいドラマはない。198頁。

西欧では、虚空spaceに何かが投げ入れられobject、それが立ち上がるsubjectことによって、ドラマがつくられる。空間はドラマ(物語)=時間とともに生まれ出るものであり、その空間=ドラマを描くのが西欧絵画である。178ー179頁。

日本の空間が物語を欠くのは、日本の自然に原因がある。自然は「生地(きじ)」であって変更のしようがないから、日本人の身体も感覚も基本的に変更できない。

そういう運命を背負った日本的空間に、仏教美術だの西欧美術だのが導入された。

しかしそこはドラマのない土地柄。

外来の異質な感覚はなかなか身につかず、ついに今日まできている。

日本にあったのは、光琳のような例外をのぞけば、鑑賞者から自立した「美術作品」(ドラマをもった自立的空間)というより、「時間を欠いた循環のひろがり」に埋もれた装飾であり、絵解き(イラスト)にすぎない。

だから、日本美術は未生(みしょう。いまだ生まれず)なのである。

この種の観測は、丸山眞男の執拗低音(通奏低音)論によく似ており、けっきょく黒田伊保子氏の日本語論にも通じている。



(つづく)




| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人はアートする動物である | 22:54 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |









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未生の日本美術史
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| ロドリゲスインテリーン | 2009/11/30 9:22 AM |
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