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みにつもる ことばのつみも あらはれて こころすみぬる 三重(みかさね)のたき

   『山家集』1118

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逆算の力

「観念的なものは、物質的なものが人間の頭のなかで転換され翻訳されたものにほかならない。」(マルクス『資本論』第二版後記(1873年1月)、岡崎次郎訳『資本論』第一分冊、大月書店、40-41頁)

 

現代の脳科学と見紛うような言葉だ。だが、二つの点でマルクスは脳科学とはちがう。

 

ひとつは、マルクスのいう「物質的なもの」には、生身の人間のふるまいも入ることである。ふるまいは人間の肉体という物質がとる動きであり、「物質的なもの」である。たとえば政治上の表現や行動は、「物質的なもの」(ふるまい)である。この「物質的なもの」は、人間の「頭のなかで転換され翻訳」され、政治上の主張という「観念的なもの」となる。

 

もうひとつは、観念が「人間の頭のなかで転換され翻訳されたもの」にすぎないなら、「観念的なもの」は本当は実在しないと考える人もいるが、これは思考の短絡 short circuit であって、マルクスはそうは言っていないことである。

 

たとえば、マルクスの『資本論』は「価値」を主題のひとつとしているが、この価値とは「社会的力」、つまり人々が共有する観念上の「力」である(佐々木隆治『マルクスの物象化論』142ー143頁)。「価値」は、商品を交換しなければ生きていけない人間のふるまい(物質的なもの)が、「人間の頭のなかで転換され翻訳」されることによって実在することになる。価値は社会的実在だからこそ、マルクスはこれを分析の対象にしたのである。

 

磁力や引力など、物理上の力は、もともと現象から逆算されて、観念上「そこにあるはずだ」とされた力である。見えるのは現象であり、力そのものは見えない。だが、その力を認知して概念化すれば、量的に計算できることまで実証された。そのため、磁力や引力は科学的に実在すると認められた。

 

人のふるまい(表現、組織、労働)とその結果(表現態、組織体、生産物)は、目に見える現象すなわち「物質的なもの」である。そういう現象の存在は、それを生んだ目に見えない人間力すなわち「観念的なもの」の存在を示唆する。じっさい人間力は、その養成に必要な時間を基礎として計量できるし、それが生んだ結果は統計上の数字にすることもできる。ならば人間力は、科学的にも実在するのである。

 

「社会的力」は人間社会でだけ通用する力であって、物理上の力のように宇宙のどこでも通用するわけではない。だが人間にとって、「社会的力」は厳然として実在する。

 

「観念的なもの」は、人のふるまい=「物質的なもの」によって社会的に実在が確証される「力」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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