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みにつもる ことばのつみも あらはれて こころすみぬる 三重(みかさね)のたき

   『山家集』1118

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認識の二重性ー個人的認識と社会的認識ー そして生育時間で測られる概念性の深まり

物質(物質としての人間をふくむ)を対象とする人間力の発揮が、労働である。

 

労働の二重性(マルクス『資本論』第一章第二節)とは、具体的労働と抽象的労働のことで、具体的労働は質のちがい(分業)からみた労働であり、抽象的労働は量(労働時間)からみた、労働の社会一律の側面である(大谷禎之介『社会経済学』桜井書店、2001年、16ー17頁)。

 

意識を対象とする人間力の発揮たる認識にも、二つの側面がある。

 

 

社会的認識。言語が依拠する社会共通の規範=概念にもとづく認識。概念には、社会的に割り当てられた表象ー音声・文字・手話なら上半身の運動、その他の記号やシンボルーがあり、肉体をもつ話し手は、この表象を物質化する。概念とその表象に依拠して物質化された意識の表現態が、言語である。

 

個人的認識。その話し手の個人的な認識。社会的認識と同じく、個人的認識も意識についての認識力の対象化であるが、無意識化していることも多い。個人的認識は、非言語的な表現態ータイミング、年齢、性別、声調、声量、表情、姿勢、回数、字体、描線、色彩、音響、筆勢などーによって表現される。個人的認識の表現態は言語に付随するが、それじたいは言語ではない。

 

 

表現態は認識の表れであるから、表現態も個人的表現と社会的表現という二つの側面をもつ。たとえば書道という表現態は、社会的認識を喚起する文字の筆蝕に、個人的認識をこめる。音楽や絵画や映画といった表現態も、個人的表現と社会的表現という二つの側面をもっている。

 

労働では、個々の労働の価値は、社会的平均的な労働力の発揮時間たる労働時間によって測られる。同様に、ひとつの社会においては、年齢にふさわしい社会的平均的認識力が想定できるから、個々の表現態がもつ概念性の深さ(社会的説得力)は、個々人が蓄積したトータルな認識時間すなわち個々人の生育時間(年齢)によって測られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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