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みにつもる ことばのつみも あらはれて こころすみぬる 三重(みかさね)のたき

   『山家集』1118

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認識言語学は認知言語学をつつみこむ

認知と認識のちがい。

 

これは、認知言語学と私の認識言語学のちがいの中核部分にかかわる。

 

私は、つぎのように理解している。

 

認知は、現実が対象である。自分の体のことであっても、対象が意識以外のものつまり現実であれば、それは認知である。外界の感覚的な外観や、言語の文字の形態も認知の対象であるから、それらを基盤に言語を説明しようとする言語学は、「認知言語学」と呼ばれる。認知をになう実体(主体として客体に働く力)を、認知(能)力という。

 

他方、認識は意識が対象である。意識には、上記のようなその場の外界=現実についての認知のほか、感覚・感情や既存の認識や概念、過去の記憶、未来についての予測や、得体の知れない恐怖といったものも含まれる。意識は体外の現実ではないが、人間にとって実在✳する。対象が意識であれば、それは認識である。認識をになう実体を、認識力という。

 

✳「実在」とは、人間の観念的能力にとって客観的・社会的に存在すること。たとえば、「来週水曜3時に警察に出頭しなければならない」という意識は、まだ現実ではないことについての意識であるが、他者の認識力にとっても「実在」が確認できる客観的な意識であるし、この意識は、それが実行されなければ制裁もありうるという意味で、社会的な「実在」である。

 

言語とは、認知に限らず、自分の意識を対象にした認識の概念的表現である。

 

その意味で、私の言語学は、認知をふくむ認識の言語学だといえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
「主要部内在型関係節文を生み出す動機づけとその成立条件」

この論文などは、生成文法の発想の誤りを指摘することができず、それを認知主義言語論で解釈するという茶番になっています。■
| YAGURUMA”剣之介” | 2018/12/12 6:45 PM |
認知言語学も所詮はカント的な不可知論に依拠するソシュールパラダイム下の発想でしかなく、認識と認識対象との間が切断されており、客体としての外界一般を密輸入するしかないところにその論理の限界があります。

つまり、話者の認識対象を第三者からの客観的立場で認知と捉えるしかない論理的必然を抱えている結果です。■
| YAGURUMA”剣之介” | 2018/12/12 6:31 PM |









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