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         大鏡


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どんな物質的・非物質的条件のうえに、どんな生活が営まれているか 社会観の基本

「史的唯物論の定式」(マルクス『経済学批判』序説と『ブリュメール18日』にまとまった記述がある)は、見事な記述なのだが、その理解はなかなかむずかしい。

 

このごろ私は、「定式」の概念を、こう編成しなおせばいいのではないかと思う。

 

すなわち、「定式」にいう「意識諸形態」とは、個々人の生活( 『ドイツ・イデオロギー』にいうLeben)のことであり、「土台」とは、個々人の生活の物質的な社会条件のことであり、「上部構造」とは、個々人の生活の非物質的な社会条件のことである、と。

 

物質的・非物質的の二大条件と、そのうえに営まれる生活。これが社会である。

 

そして社会について考えるとき忘れがちなのは、二大条件と生活がどう作られているか(創造)ということと、二大条件と生活が、社会においてどう配分され、どう働いているか(機能)ということは、局面が異なるということである。

 

二大条件と生活がどう作られているかという局面は、個々人からは直接見えにくい。

 

反省してみると、私が注目してきた学説は、この「作る」局面を正面から問題にしたものである。

 

 

個々人の生活の物質的条件を作る局面を問題にしたのが、マルクスの経済学。

 

個々人の生活の非物質的条件の代表は政治・法律だが、そのうち国家という全社会的な非物質的枠組みを作る局面を問題にした、滝村隆一のような政治学。

 

個々人の生活は言語を通して行われるが、個々人が「対象を認識して表現する」プロセス、つまり言語を作る局面を問題にした、三浦つとむのような言語学。

 

 

「働く」局面を現象とすれば、「作る」局面は実体にあたる。二つの局面が相互に浸透しあって、社会が運行している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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