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大西洋奴隷貿易 帝国主義の時代を招いた搾取の歴史

大規模な奴隷制に支えられた資本主義の歴史と、その影響が現在までつづいていることを、種々の画像と専門家のコメントで解説したビデオがある。

 

https://www.aljazeera.com/programmes/specialseries/

 

 

われわれの歴史観に深い影響を与える内容になっている。要点をメモしておきたい。

 

 

...

 

 

大西洋奴隷貿易は、それまでの歴史のなかで最大の利益を西洋にもたらした[弘文堂『歴史学事典 644頁によると、大西洋奴隷貿易で運ばれた総数は、1100万人ともいわれる]。

 

19世紀には、毎年10万人の奴隷が大西洋を渡った。

 

19世紀のリオデジャネイロは黒人奴隷輸入港として知られていた。当時の南米・中米は、まるで黒人の国のようだった。奴隷貿易廃止から130年経ったいまでも、ブラジルの黒人は最下層民とされている。

 

当時、中米・南米では、あまりに黒人奴隷が多かったため、白人たちは、彼らが反乱を起こすのではないかと恐れていた。

 

じっさい、フランス革命の影響をうけ、1791年にはじまり12年つづいたハイチ独立革命(ハイチ人口の90%が、外から運ばれてきた奴隷)は、白人を震撼させた。

 

そこで、より近代化された流れ作業による労働方式=いっそう「合理的」な搾取方式が、キューバの砂糖、ブラジルのコーヒー、北アメリカの綿花労働に適用されていった。ハイチの革命は、いっそう過酷な奴隷労働を南北アメリカに拡散するという意味ももったことになる。

 

こうして、南北アメリカにおける砂糖、コーヒー、綿のための奴隷労働が、ヨーロッパの近代化の背景に設定された。

 

ブラジルの森林は伐採され、奴隷労働のためのコーヒー園へと変わり、自然破壊が進行した。奴隷1000人を抱える農園もあった。

 

1800年代のイギリスは、綿などの原料が安く大量に手に入ればそれでよく、それが奴隷労働による必要があるとは考えなかった。だからイギリスはヨーロッパの奴隷貿易の禁止を唱え、みずからを人道的と思っていた。

 

19世紀の前半、実際には、それまで以上の規模で南北アメリカにアフリカ人奴隷が運ばれた。奴隷の出身地は、アフリカの西海岸だけでなく、中部のルワンダ、東部のザンジバルなどに及んだ。ザンジバルでは、現地のイスラム王が東アフリカの奴隷貿易を促進した。

 

アメリカ合衆国では、ミシシッピ川沿いに綿花プランテーションが発達。北部から供給された100万人の黒人奴隷が南部へと買われていった。こうして、アメリカ合衆国はブラジルにつづいて奴隷大国となった。

 

アメリカ合衆国の綿花農園主は、出身地のちがう十代から二十代の男女半々を奴隷として購入し、奴隷を農園で「繁殖 breed 」させた。19世紀後半、奴隷制廃止宣言のころのアメリカの奴隷人口は、400万人。

 

トーマス・ジェファーソンが奴隷輸入の廃止を唱えたひとつの理由は、輸入を廃止すると奴隷の値段が上がり、彼のもっている奴隷が高く売れるからだった。

 

アメリカ合衆国南部では、白人奴隷主による黒人女性に対する強姦が珍しくなかったが、奴隷にはそもそも正当防衛の権利が認めれられていなかった。

 

19世紀後半、大西洋奴隷貿易が国際的に禁止されると、西洋の資本家は争ってアフリカ各地の植民地に進出し、現地の商人と結んで綿花などのプランテーションを開発した。そこでは、アフリカの現地人が、南北アメリカでの奴隷労働に酷似した強制労働にかりだされた。海を渡る奴隷は禁止されたものの、奴隷貿易で得たノウハウは、その後もアフリカ大陸で「活用」されたのである。

 

大西洋奴隷貿易は廃止されたが、奴隷労働は場所と形式を変えて生き残った。

 

じっさい、下の地図にあるように、アフリカの各地が西欧諸国によって急速に植民地化されたのは、大西洋奴隷貿易が廃止されたあとの19世紀後半のことであった。

 

 

 

 

 

1900年ごろを目処に、世界は列強が植民地支配をめぐって対決しあう帝国主義の時代に入るが、その背景には、大西洋奴隷貿易の廃止もあって、19世紀後半に世界の諸地域を列強が植民地として分割しあった事実があったことがわかる。

 

 

 

...

 

 

 

戦争や売買による奴隷は、どの時代にも(現代にも!)存在するが、大西洋奴隷貿易は、歴史上もっとも大規模なものだった。

 

その傷跡は差別と格差となって各地に執拗に残り、人類の負の遺産となっている。

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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