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あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


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10年をサイクルにして、人生は終わる

人間にとって十年という年月は、ひとつのまとまりになるようだ。

 

益川敏英氏(ノーベル物理学賞 1940〜 )は、四十代に入ろうとする1979年に仁科賞を受賞すると、その賞金をそっくり趣味のオーディオに注ぎ込んだ。秋葉原に通いつめ、家中をオーディオルームのように改造してしまった。

 

当然、音楽を聴く時間が増えた。「以来、論文の生産性がぐっと落ちたので、堕落の十年と呼んでいます」という。(益川敏英『素粒子はおもしろい』岩波ジュニア新書、2011年、98頁)

 

深い霧の中を手探りで進むような十年が終わると、疲れを癒すかのように十年の休息に入る。十年の勤勉と十年の「堕落」である。

 

もちろん、「堕落」の間も講義や研究はつづけているし、発想も思考力も充実してくる。だが、身体は休息を求めている。

 

益川氏は、「堕落の十年」をはさんで、その前と後の十年を対外的な活動に打ち込んだのかもしれない。

 

人は、二十代で仕事に入ったとして、<十年の模索→十年の充実→十年の休息>のサイクルを経ると五十代になる。五十代の十年は<成熟の十年>であるとして、六十代は<安息の十年>といったところだろうか。

 

これはひとつのモデルで、人によってパターンはさまざまだろうが、だいたい十年が区切りになる傾向はあるのではないだろうか。

 

こうしたサイクルは、見た目にはわからないことが多いし、本人も気づかないで過ごしていることが多い。

 

人間には、身体の深いところで働くサイクルがあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 06:12 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
人間の意識は膨大で複雑で、
表出はほんのわずかで、
殆どが沈黙の過程にあります、
身体は底知れない畏敬です。
| いろは | 2018/09/01 8:31 AM |









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