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         大鏡


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古代マケドニアとギリシア 「史的唯物論」から柔らかい歴史認識へ

このごろの歴史研究者の認識の背後には、生硬な「史的唯物論」を溶解し、その栄養素だけを摂取したようなパワーがあるようだ。

 

一例として、澤田典子「前四ー五世紀のマケドニアとギリシア世界ー マケドニア人とギリシヤ人の『相互認識』をめぐって」(桜井万里子・帥尾晶子編『古代地中海世界のダイナミズム』山川出版、2010年所収)。

 

マケドニア王・フィリッポス2世のギリシャ征服(前338-337)にいたる前のマケドニアとギリシアの関係を、「木材という切り札」99頁 に注目して説明した論文。

 

ギリシャ南部は、人口増大により早くから森林が消失。これに対して北部には森林が残り、アテネの大海軍が必要とした良質の松やモミが産出した。とくに、まっすぐで軽く、節がないモミは、櫂の用材として珍重された。92頁

 

北部の森林資源とは、ピエリア山脈・オリンポス山一帯。これはマケドニアの支配地域にあった。そしてもうひとつの森林資源地帯であるストリュモン川流域のトラキア地域は、アテナイとマケドニアが支配権を争った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マケドニア産の木材は、有名なサラミスの海戦(前480年)でギリシア船隊の勝利に大きく貢献。これ以降、マケドニアは木材の輸出権をテコに、アテナイとの関係を制御していく。他方、マケドニアとアテナイは、もうひとつの木材産出地・トラキアの支配を争う。アテナイがトラキアを支配した時期には、マケドニアへの木材依存度が減り、両国の関係は冷却化する。96ー97頁

 

だが、スパルタもトラキア争奪に参加するなど、トラキア情勢は不安定だったので、マケドニアやトラキア以外の木材供給地を求めて、アテナイは南イタリアやシチリアに遠征する。98頁

 

こうして、造船用木材をめぐって、複雑な歴史が展開した。木材という「もの」が、マケドニア、アテナイ、スパルタといった国家組織=「ひと」の行動を規定した古典的実例といえそうだ。

 

だが、この論文はさらに、アテナイ人のマケドニア観という「こころ」のレベルにも注目している。歴代のマケドニア王は、ギリシア語の受容、オリュンピア祭への参加の伝説の強調など、ギリシア人にたいする「イメージ戦略」をおこなって、たくみに「蔑視を免れ」ていた。このことがのちに、マケドニアによるギリシア征服をギリシア人に受け入れさせた心理的前提になったのではないかという。104ー105頁

 

次の文は、この論文が「もの」「ひと」「こころ」の関係を柔軟にとらえていることをうかがわせる。

 

 

「もしマケドニアに木材という切り札がなかったなら、そして、アテナイが海軍国でなかったなら、両国の関係は大きく異なったものとなり、マケドニアに対するアテナイ人の認識もかなり違ったものとなっていたことであろう」(104頁。太字は引用者)

 

 

木材という「もの」、海軍国という「ひと」、アテナイ人の認識つまり「こころ」。

 

この三つの層を区別し、かつそれらをバラバラに見るのではなく、それらの関係から歴史の展開を説明していく。史的唯物論の<土台・上部構造・意識形態>という図式が、「もの」「ひと」「こころ」の関係として、柔軟に歴史認識に取り入れられている。

 

時間軸に沿った歴史叙述は、これがコツなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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