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         大鏡


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資本主義が終わる理由

資本主義の終わりは、少しずつだが、見えてきている。

 

いくつか証拠?をあげよう。

 

 

株式による資本の共有、金融資本の合同、コングロマリットのように、資本主義内部で、私的所有の実質的廃棄が進行している。

 

国家権力の介入なしでは、経済が運営できなくなっている。財政では、年金福祉医療のような分野の比重が高まっているが、こうした分野では資本主義の「受益者負担」の原則が貫徹できない。国際的には、環境保護、CO2規制に複数国家が同意し、経済活動を制御せざるをえなくなっている。

 

ネットや航空機の発達により、世界の人々が情報を発信し情報を共有することで、資本主義の実態がわかりやすくなり、資本主義を越えようとする試みと教訓を世界的に共有できるようになってきた。たとえば、フィンランドでのベーシックインカムの試行など。

 

https://www.bbc.com/japanese/43875603

 

教育の普及、遠隔情報送信技術、歴史的経験の蓄積により、これまで弱者とされてきた人々の能力が上がっている。少数民族、女性、僻地の子ども、LGBTなど。

 

 

これらは、卵から幼鳥が生まれるときのように、資本主義というシステムの殻を打ち破る力が、世界的に成長していることを感じさせる。

 

世界では、あいかわらず戦争マシン、腐敗、薬物、テロといった悪行や、失業、難民、低賃金、議会・行政の非効率といった社会問題がつづいている。だがそのことは同時に、それに代わるシステムの必要性を人々に感じさせてもいる。

 

江戸時代に、石高制が廃止されたあとの世界が想像できた人は少なかっただろう。

 

同様に、資本主義時代に生きているわれわれが、脱資本主義の世界を想像することはむずかしい。

 

われわれに未来が見えるまでには、まだまだ時間がかかり、そのぶん富は浪費され犠牲者も増える。

 

そしてそれゆえにこそ、資本主義のシステムが永久につづくことは、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
能力という差になぜ人間は、こだわってきたのでしょうか。

それはこれまでの人類史が富の希少性を駆動力にして進んできたからです。

希少な富を奪い合うのが能力だったからです。

だからもっとも能力が尊重され、そしてもっとも向上したのが近代の社会です。

その能力を数値化した貨幣に支えられて発展した資本主義は今、富の希少性を部分的にせよ打ち破るまでに到達しました。

それは能力が人類をはかるモノサシでなくなる時代を予感させます。
| いろは | 2018/08/28 11:48 AM |









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