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         大鏡


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日本の都市に城壁が少なかったのはなぜ?

都市をぐるりと囲む長い壁。

 

それは人々に安全をもたらし、多種の生業を繁栄させ、文明になくてはならない要素であった。

 

そういうことをあらためて指摘したコラムがあった。

 

 

http://time.com/5371686/walls-civilization-history/?utm_source=time.com&utm_medium=email&utm_campaign=the-brief-pm&utm_content=2018082117pm&xid=newsletter-

 

 

トランプ政権で話題の、アメリカ・メキシコ国境の壁の建設に賛成しているのかと思ったが、内容はもっぱら古代都市の話になっている。

 

壁のなかに住むことで、攻撃や待ち伏せの恐怖から解放され、僧侶、詩人、音楽家など、武器をもたない職業が多様に生まれた。壁のない世界と比べると、それはまったくちがう世界といってよかった。コラムはこれを「戦闘員になることから解放されたという革命 the Civilian Revolution」と名づけている。

 

そして現代では、都市を囲む壁は取り払われたが、サイバー攻撃に備える電子的な「壁」がやはり必要だ、と。

 

なるほど、歴史における壁というものの力について考えさせるコラムだ。

 

 

ところで日本では、古い時代から都市を防護する壁があまりなかった。

 

平泉合戦時の阿津賀志山(あつかしやま)防塁や、元寇防塁のような臨時のものはあったし、鎌倉七口のように自然地形を利用した防御体制の例もあり、戦国以降には城の周囲を広域的に囲む「総構え」や秀吉の御土居の例もある。だが一般的にいって、人々の集住地を守るために人工の長壁をつくるという伝統はあまりなかったようだ。

 

それはなぜかというのは、以前から気になっていた。

 

ひとつは地形の問題で、大きな平野が少なく、近くに立て篭れる山があり、川でさえぎられている場所が多いために、壁を築くという発想が生まれにくかったことが考えられる。異民族の侵入の心配がほとんどなかったことも理由のひとつだろう。

 

だが、ほんとうにそれだけだろうか?

 

いまの私には、うまく答えられないのだが、安全が文明文化の条件である以上、壁の問題は、日本の歴史を考えるうえで、けっこう大事なポイントではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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