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         大鏡


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貨幣の廃止、商品の廃止が近づいている

このごろ、ときどき思う。

 

<貨幣の廃止が近づいているのではないか>と。

 

たとえば、現物の貨幣をつかわないで、数字だけをやりとりする場面が増えている。国家どうし、銀行どうし、企業どうしだけでなく、従業員の給料が銀行振込になって久しいし、個人がクレジットカードや交通機関用のカードをつかうのは当たり前になった。

 

無料あるいは非常に安く物が手に入るケースも増えている。

 

義務教育の無償はすでに憲法にある。高額医療費は補助がでる場合が多いが、あれも理念的には無料化に近づいているということなのかもしれない。

 

テレビやラジオの視聴は、NHKやBS以外は無料(電気代だけ)である。ネットを開くと、多くのコンテンツは無料である。スマホの「ライン」とか「スカイプ」も、基本的に無料になっている。

 

貯めたポイントで物が買えることも増えた。これは購買の対価なので、厳密には無料ではないが、感覚的には無料に似ている。

 

駐車場、水、トイレ、冷房も無料の場合がある。100円代の飲料も普通になった。災害時には壊して利用してください、と書いてある自動販売機がある。これもそのときは無料ということになる。

 

電気自動車の充電が、何年間か無料になるケースがある。近いうちに、自動運転車が普及するという予測もある。そうなれば、これまで車にかけていたコストが劇的に減るらしい(一説では、現在の9分の一の費用で自由に車が使えるという)。

 

これらは、条件つきで貨幣が不要になっているとか、価格が安くなったということであって、貨幣じたいがなくなったわけではない。

 

だが、「貨幣がない」という状態がどんなものかを想像する助けにはなる。

 

理論的には、貨幣がなくなるということは、貨幣で量った価値つまり価格をつけて売られる商品がなくなるということでもある。商品がなくなるとは、生産物はあっても値段はついておらず、売買せずに使えるということだ。

 

また、いくらお金を出しても買えないものとして、自然がある。自然は無料ともしえるし、貨幣の価値を超えた存在ともいえ、そういうものが現に存在することを思い出すと、これも、貨幣とか商品が「ない」こと、つまりものを「買わない」で生きる状態を考えるためのヒントになる。

 

(一見)無料のものや、そうとう安いものが増えているという、私たちの実感。

 

これはおおげさにいうと、資本主義を超えた、次の時代を垣間みさせてくれているということなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 19:58 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
ホント実感します。

貨幣の力は富が過剰な領域では衰え、
まだ希少な領域では健在です。

| いろは | 2018/08/27 12:52 PM |









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