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         大鏡


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国家権力と国民のズレ(矛盾)が政治を動かす

大学の社会科学系教員数名で雑談していたとき、

 

「なぜ、保守政党がいつまでも議会の多数を占めつづけるんだろう」

 

と、しみじみと言った人がいた。これは、近代政治を理解するためのカナメになる疑問であろう。

 

前近代の国家をふくめ、国家の形成主体は誰かというと、それは単純にみれば住民全員である。奴隷であれ、君主であれ、住民全員が日々活動することで、国家は形成され維持される。

 

近代国家の住民は、とくに「国民」と呼ばれる。「国民」は、住民一般を、国家の形成主体として公認した概念である。

 

「国民」概念の歴史的意義は、「国家権力の支配の正当性は住民全員の同意にもとづく」という原理を、国家権力自身が認めたところにある。選挙制度に深刻な欠点があるにせよ、国民主権の建前によって選挙が行われるからこそ、近代の国家権力はみずからの正当性を得る。下足番(国民)にいったん下駄(主権)をあずけたからこそ、ふたたび下駄をもらった旦那は、堂々とその下駄を履いて歩ける。

 

ところが、前近代であれ近代であれ、国家を実質的に組織する主体は住民でも国民でもなく、つねに国家権力すなわち社会の少数者である。

 

一般に権力の本質は、成員に行動規範を強制する規範、すなわち<規範の規範>たるところにある。国家権力は、内部の成員(公務員)に<規範の規範>によって命令できるという意味でも、外部の社会全体(住民)に<規範の規範>(法律など)の効力を強制できるという意味でも、当該社会最強の社会形成主体である。

 

憲法にあるように、国民は、政府に「国政」を「信託」するのであり、現実には「その権力は国民の代表者がこれを行使」している(日本国憲法前文)。もちろん、国政を信託された官僚や政治家すなわち国家権力が、真の意味での「国民の代表者」であるかといえば、それはつねに疑問の余地がある。

 

国家権力を担当し、あるいは国家権力に直接影響を与えることができる勢力(政界、財界、官界、マスコミ、ときに学界)によって国家権力は日々運営制御されるが、国家権力をとりまく国民の監視があるために、思ったとおりには行動しにくいのが実情となる。

 

国家の実質的な運営主体たる国家権力の意志と、国家権力の権威の形式上の源泉たる国民の要望と監視とのすりあわせのなかで、現実の国家は運動している。

 

以上、当たり前のことを述べただけだが、国家権力の意志と国民の願いはズレているのが普通だということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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