ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


<< 原爆投下の日によせて 日本はなぜ共和制にならなかったか | main | 「戦力不保持」(九条)は国民の認識力・行動力の指針 >>
国民が二十年戦争を知る必要があるのは、国民が主権者だから

先の戦争を、私は「二十年戦争」と呼んでいる。

 

先の戦争については、1931年9月の満州事変にはじまり、1945年8月の敗戦発表まで、または9月の降伏文書調印までつづいたとみて、「十五年戦争」という名称が使われることもある。だが、これだと実質約14年間の戦争になり、名称と実時間が合わない。また、敗戦発表あるいは降伏文書調印は、正確には休戦行為である。

 

国家間の戦争は、内容上は戦闘の休止(休戦)によっていちおう終わるが、形式的には平和条約の調印・発効をもって終結する。そうみれば、1951年9月のサンフランシスコ平和条約調印は、ソ連や大陸中国のような重要な交戦国が調印しなかったといった欠陥をもちつつも、約50カ国との戦争を形式上、終わらせたのであった。

 

1931年9月の満州事変から1951年9月の平和条約調印まで、ちょうど20年。私が「二十年戦争」と呼んでいる理由である。

 

 

この戦争について考えるとき、起こりうる疑問のひとつは、今の日本国民は、かつての日本国家・かつての日本人が実行した戦争について、どんな責任を負うか、ということである。

 

日本には、南京事件のような大規模な戦争犯罪について、日本国家の責任を認めないばかりか、事実まで否定しようとする人もいる。強制連行や従軍慰安婦問題のように、平和条約や基本条約が調印されたあとに訴訟が起こった場合、日本国民は道義的・経済的に責任を負うかといった問題もある。

 

私は、現在の日本国民は、まず戦争の事実を知る責任があるだろうと思う(そうした責任を否定する人は、そういう人格の人ということである)。そして、空襲の被害者家族をふくめ、戦争での犠牲を訴える人々にたいしては、十分な補償を実行する必要があるとも思う。

 

それはなぜかというと、戦争は国家の行為であり、今の国家運営の責任者は、日本国民だからである。もちろん、二十年戦争を実行したのはわれわれの世代ではないが、日本国家の主権を引き継いだ者は、日本国家の責任も引き継ぐほかない。東電の経営者や社員が入れ替わっても、原発事故にたいする東電の責任がなくなるわけではないのと同じである。犠牲者がいる以上、それを十分に償うことは、自分自身の尊厳の問題でもある。

 

かつての日本国家の行為を知ろうとしない者は、日本国の主権者たる地位をみずから放棄する者であり、みずからを卑しめる者でもあると言えるかもしれない。

 

むしろ、二十年にわたった戦争の事実を知り、その後始末を積極的に行うことこそ、戦争の犠牲者の尊厳だけでなく、日本国家と日本国民の尊厳を回復する道でもあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/4609
#誰が書いてるの?
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
#トラックバック