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あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


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バッハの前では客体でいい

早朝のFMでバッハの教会音楽が放送されることがある。

 

バッハの音楽は、安心して座っていれば、それでいいというところがある。

 

自然に「聞こえる」でいいという安心感。

 

あるバッハ研究家が、バッハの教会音楽は、けっきょく聖書の言葉の意味を音楽で表現したものだと述べていた。

 

聖書の言葉が主体であり、自分の音楽はその客体であればそれでよい。聖書に現れた概念を、音でロジカルに、しかも感性の悦びをもって表現するのだ。

 

きっとバッハは、そういう態度で作曲したのだろう。

 

バッハを聴く。いや、バッハが聞こえる。音が主体で、私はその客体だ。

 

そしてバッハが選んだ聖書の言葉を、私が主体となって受け入れられれば、なおいい。

 

バッハの音から私がつくる心の自然な転体。

 

それが私にとってのバッハの音楽の内実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 06:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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