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         大鏡


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仏教は空になった

佐々木閑『集中講義 大乗仏教』(NHK出版、2017年)を読むと、仏教史とは、「空」の思想が観念的に蒸留されていき、ついには仏教が「空」そのものになってしまう過程であることがわかる。

 

紀元前5世紀のブッダの段階では、感覚は実在するが、概念は感覚を組み上げた架空の集合体だと見た。たとえば「私」は、縁起によって存在するようにみえる架空のもので、それじたいは実在しないという。このように、架空の「空」に翻弄される「業」を断つために、出家修行が必要だとされた。これはある意味で合理的な、因果則にのっとった「空」の思考である。57ー60頁

 

それが紀元前後の『般若経』段階になると、因果則の裏側に因果則を超えたシステムがあるとし、それを「空」と呼ぶようになった。この世は、理屈をこえた超越的な法則によって動いているという神秘思想である。般若心経が「ぎゃていぎゃてい...」というマントラで終わるのは、ブッダのような発想では必要になる苦しい修行や難しい学習をしないでも、マントラの神秘的な力にたのめばよい、という思想の表れである。大乗仏教は、この神秘的な「空」の思想により、出家修行を不要とみなすことで成立した。69頁

 

さらに、おそらく般若経よりも50年から150年遅れて成立した法華経になると、「空」という語がほとんど登場しなくなる。これは法華経じたいが「空」を体現した力をもっているので、「空」という言葉をつかう必要がないという発想が背景にある。95頁

 

法華経とほぼ同じころ成立したらしい浄土経典では、ブッダより偉い阿弥陀仏が創作され、その力にまかせればよいとなったので、ますます「空」という語をつかった説明はおこなわれなくなった。123頁

 

 

仏教は、はじめ哲学的な因果の洞察だったものが、時とともに宗教的な神秘思想へと変貌した。この変貌をよく示すものが、「空」の概念内容の変化だということになる。

 

この変貌は、仏教の集団的な認識の深まり(共業ーぐうごうー)の跡なのだろう

 

仏教は、いまや「空」そのものへと昇華しているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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