ごきげんようチャンネル

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「意識は不要になるべき教師である」 シュレディンガー
酒井邦嘉『心にいどむ認知脳科学』(1997年、岩波書店)によると、アメリカの生物物理学者シュレディンガーは、

「意識とは教師である。」

と述べた。106頁。

人間が日常、自動的に行っている動作(服を着たり、箸を使ったり)は、子どもにとっては意識的に学ぶ必要のあることである。学習して、無意識的にできるようになったとき、「教師」である意識は不要になる。

しかし学習によって無意識的になった動作についても、人間はある意味で意識している。だから、服が裏返っているとか、箸が折れたなど、予想外のことが起こると、ただちに対応できる。「教える教師」はいらなくなるが、「見守る意識」は継続する、というわけだ。

この「教える教師」「見守る意識」が、サウンドステップスの本体であるように思われる。このごろはあまり使わない言葉のようだが、コンピュータにはオペレーティングシステム(OS)という「ソフトウエアのためのソフトウエア」が組み込まれている。(有名なWindowsは、マイクロソフト社のOSの名前)

OSは、「モニターmonitor」とか「常駐プログラム」とか呼ばれ、個々のソフトウエアに教え、見守るソフトウエアである。(黒川利明『ソフトウエア入門』岩波新書、2004年、71頁)

英語というソフトウエアを作動させるための、「教え、見守る」ソフトウエア。目には見えない命令の集合体。それがサウンドステップスの本体だ。




| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 怪しい認知言語学 | 08:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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