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あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


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人間は人間のために生きているのではない

菩薩とは、「仏の位の次にあり、悟りを求め、衆生を救うために多くの修行を重ねる者」(大辞林)。

 

できたら菩薩になろう。そう思うことは大事だ。しかし、誤解もしやすい。

 

「悟りを求め、衆生を救うために修行する者」というと、「菩薩になるとは、人のために生きることであり、それは素晴らしいことだ」と思うかもしれない。

 

だが、それは順序がちがう。

 

菩薩は、人間のために修行するのではない。

 

菩薩は人間のためにも行動するが、それは人間が、自分が、「おおいなるもの」の構成部分になっていて、もともと自他の区別も、人と生物の区別もないことを知っているからである。

 

菩薩は、宇宙の構成部分として活動する。

 

だから菩薩には人間の愚かさも見えてくるし、人間のいとおしさも見えてくる。

 

仏教が教えているのは、つねに人間以前のおおいなるものへの尊崇と、あらゆるものの一体性から出発すること、それがもっとも底深いあり方だということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 05:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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