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         大鏡


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存在は自己超越する トランス原論の暫定的総括

身体・立場・意識をもつヒトにとって、宇宙は物質・人間・観念からなる。

 

物質・人間・観念は、次の▽の関係=トランスをつくる。

 

 

 

 

            転体      客体

 

   ▽

  

                主体

 

 

 

この図は、下の頂点にある主体にはじまって、反時計回りに運動する。すなわち主体は客体に投射し、客体を転態させて転体を生み、主体は転体から反射をうける。このプロセスによって、主体と客体と転体はみずから(自己)を超越する(投射前の自己とは異なるものになる)。なお、客体も転体も、別のトランスの主体となりうる。

 

▽の中央部には、トランスを支える本質がある。主体は実体、転体は現象、本質は規範とも呼ばれる。

 

✴ トランスを上記のような▽に整理したのは私であるが、この存在論を”sich verhalten” "sich beziehen"といった表現で述べたのはマルクスであり、このマルクスの表現の特異性と重要性を指摘したのは、大谷禎之介氏である(大谷禎之介『マルクスのアソシエーション論』桜井書店、2011年、236ー274頁)。

 

トランスの理解にあたって、注意すべき点。

 

ひとつは、主体の投射をうけた客体は、転体に向けた転態を主体的におこなうこともあるし、主体の意図した転態を変質させたり拒否することもある。

 

また、スマホをとりだせばスマホが自分を撮影してくれるように、主体を客体や転体から分離させてつくることもできる。たとえばヒトは、自分の観念(即自)から認識力を分離させ、この認識力をして自分の観念に対自させて、自分の観念(客体)を認識するという観念のトランスをつくる(即自かつ対自)。

 

さらに、トランスは二つ以上が複合・連鎖する。同一(ひとつの客体から、ふたつ以上の矛盾した転体が生まれる。例:有難迷惑)、相互浸透(主体と客体が互いに投射しあって、互いに超越しあう。例:親友関係)、過程的統一(転体に別の主体が投射して、もうひとつの転体をつくることで矛盾を解決する。例:乗り継ぎ)といった「弁証法」は、二つ以上のトランスが複合・連鎖するパターンの洞察であった。

 

また、観念のトランス(対象から認識を転態させるトランス)をつくることで、ヒトにとって対象が実在することになること。ヒトの認識対象は、つねに別のトランスでつくられた転体である。つまり、認識対象を生んだトランスは、観念のトランスとは別のトランスであることに注意しなければならない。『資本論』の価値形態論の等式は、この観念のトランスを論じている。観念のトランスにおいては、客体(相対的価値形態)に対応する転体(等価形態)を等置するだけで、ひとつのトランスが完成する。言語も、観念上の等置というトランスを利用している(認識に表現を等置)。

 

 

「ある」(存在)とは、上記のトランスの関係に「ある」ということである。

 

 

✳仏教では、存在=トランスを空(くう)とか仮有(けう)と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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