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西行



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ミクロの世界は概念の世界 ハイゼンベルクの着想

量子力学の基礎を築いた物理学者・ハイゼンベルク(1901-1976)に、こういうエピソードがある。

 

彼は、ミクロの世界での物質のふるまいが、力学の法則に反しているようにみえることに悩んでいた。

 

そのとき思い出したのが、少年のころの記憶。

 

 

「プラトンは、正四面体とか正八面体のような、四つの正多面体が物質の最小単位だと考えた。プラトンほどの人が、どうしてそんなことを本気で考えたのだろう」

 

 

そう友人と話しあったことを思い出したハイゼンベルクは、次のように着想した。

 

 

「プラトンが言いたかったのは、形そのもののことではなく、ミクロの世界で物質は、質感のあるものというより、数学的対象のようなものになる、ということだったのではないか」

 

 

運動するミクロの物質は、人間の日常感覚から想像できる物質とはかけはなれた存在。つまり確率的な波動という数学的対象なのだ。

 

これが、量子力学の発想が生まれた瞬間であった。(小島寛之『算数の発想』NHK出版、2006年、21-22頁)

 

 

 

これは物理の世界では有名な話らしいが、人文社会系のわれわれも、知っておく価値のある話だと思う。

 

この発想によってハイゼンベルクは、<現象の奥の奥>にある概念の世界への扉を開いた。

 

学問(真)、宗教(善)、芸術(美)は、観念(感覚・感情・概念)という<現象の奥の奥>へと入っていく三つの門である。

 

人文社会系の学問は、一見もっともらしい体裁をとっているが、その実、目に見える形とか機能、つまり現象を整理しただけのものが多い。

 

人間や社会をあつかうとき、目に見えるものは研究に必要な現象ではあるが、それは本質的な研究対象ではない。本質的な研究対象は、数学的対象のように、目に見えない観念(感覚・感情・概念)である。

 

機能とか分類は、<現象の奥>ではあっても<現象の奥の奥>ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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