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         大鏡


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歴史認識のDNA:トランス・ヒストリーへ

歴史は認識である。人の心内に実在する観念である。

 

過去の事象は現実に存在したものだが、すでに消失しているから、現在のわれわれが観念のなかで復元するしかない。

 

現在、歴史学のレベルは高いと思うが、観念たる歴史の理論的な把握となると、心細いところがある。具体的な対象を研究する方法は発達してきたが、自分たちが何を根拠に、どういうことを研究しているか、ということになると、あまり明確に意識していないように思われる。

 

たとえば、古代についての歴史書を読むと、王の名前、地名、戦さの名前などが次々に出てくる。いわゆる固有名詞であるが、固有名詞は名詞のなかでもっとも複雑かつ高度な概念である。王がどんな人で、誰の子で、なぜそのときそれをしたか、といった具体的な認識をするためには、多くの知識がなければならない。これが、「歴史は暗記物」と嫌われたり、逆に、「歴史はリアルだから面白い」と好まれる理由である。

 

歴史とは、つまるところ、こうした固有名詞のしっかりした認識である。だから面倒だし、だから面白い。

 

だが、固有名詞をしっかりと理解するには、無数の一般概念が必要である。たとえば一人の王を理解するには、その出自、側近、軍隊、武器、戦術、宗教のように、多くの王に共通する一般概念においてその王を把握し、その特徴を知る手続きが必要である。

 

このように、固有名詞は一般概念へと解きほぐしていくプロセスが必要で、ある程度まで、私たちは無意識のうちのこのプロセスを心内でおこなっている。この一般概念がしっかり理解されていればいるほど、固有名詞の理解もがっちりしたものとなる。一般性において個別性が把握され、個別性の認識が一般性の認識をいっそう豊かにするという関係が活発になる。

 

歴史の事象を、一般性と個別性の絶え間ない往復のなかでとらえる。そのときの作法が明らかになれば、われわれが歴史から学べる量と質は、さらに向上することだろう。

 

実りのある、基礎のしっかりした歴史認識をするために、心の最奥で作動すべき基本概念を明るみに出し、意識化したいと私は願っている。

 

歴史認識は、人の観念のなかで行われる。その観念をガイドする規範はなにか。

 

私がトランス・ヒストリーの名のもとに考えてみたいのは、これである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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