ごきげんようチャンネル


みにつもる ことばのつみも あらはれて こころすみぬる 三重(みかさね)のたき

   『山家集』1118

<< 言葉にふわりとゆだねる姿勢が文体になる | main | 権力は人の心の構造に基盤をもつ社会的客観的実在 >>
自己は個人のものではない

自己と、その認識力は、表現態をつくる主体である。

 

個人の肉体が滅びると、その人の自己も消滅するから、その意味で自己は個人的なものではある。

 

労働力も、具体的には個々人がもつ能力である。

 

だが、社会的平均的な能力としての労働力というものも考えられる。「時給850円」といった一律の基準がなりたつのも、社会的平均的な労働力の存在を示唆している。

 

自己も、年齢や地域に相応の、平均的な自己というものを想定することができる。つまり、労働力と同じく、自己は社会的な存在でもある。

 

自己は開放されており、社会的にシェアされてもいる。

 

ならば、子や孫や他人に「託す」ことで、自己を継承してもらうこともできる。

 

そう思うと、少し気が楽になるような感じもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/4275
#誰が書いてるの?
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< January 2019 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
#トラックバック