2007.03.22 Thursday
権力の空虚 女王たちのセックス
かつてヨーロッパの王女たちは、政略結婚の駒にされ、遠い異国に嫁ぐことが多かった。そこに待ち受けていた生活がどんなものだったかは、まあだいたい想像がつくようなものだが、はたして実態はどうだったのか?エレノア・ハーマン(高木玲訳)『女王たちのセックス 愛を求め続けた女たち』(KKベストセラーズ、2007年2月、2800円)
ハーマンの前著『王たちのセックス』につづく女王版。
予想どおり、エカテリーナ二世とポチョムキン、マリー・アントワネットとフェルゼン、ニコライ二世后とラスプーチン、ダイアナとドディ・アルファイド… 史上有名な王妃と愛人の例のほか、ヨーロッパの王室のセックスの実態がじつに具体的に書いてある。ベッドでの様子とか、プライベートなことまでどうやってわかるのかと思うが、注をみると、手紙や文献から、ここまでわかるらしい。
そして、ホモ、愛人、不能、愛人の子が王子に…など、実態の多彩さが印象に残る。しかし著者は、多彩にみえる裏側には、ひとつの共通点があるという。
「彼女らに共通しているのは、不幸な結婚をして生活がひどく空虚だと感じていたことだ。」(387頁)
「王冠のもたらす不安と苦悩は、金色の苦い薬にたとえるのが一番よいでしょう。みたところ楽に飲めそうですが、飲み込んだあとには苦味と不快感がいつまでも残ります。」(英国エリザベス一世の言葉。386頁)
巻末解説で訳者はいう。「王妃とは王宮の備品であり、国家の駒である。王妃が人間であることを主張しはじめたとき、悲劇が芽をふく。」(400−401頁)
このごろ、権力者というものについて、いっそう醒めた気持ちで見るようになった。彼らがもっている権力は、われわれが考える以上に不自由と無力感をもたらすのではないか。かりに衆議院議員になったところで、700人以上いる国会議員の一人にすぎない。たとえ総理大臣になったところで、たいしたことはできないことは、小泉元首相を見ていて思ったことだ。そういう意味では、権力よりも財産のほうが、自由と充実感をもたらすのかもしれない。
でも、ひとついえることがある。権力と財産は人を目立たせるということだ。
「いうなればわたくしたち支配者は、全世界がみつめるなかで舞台に立っているのです」(英国エリザベス一世の言葉。386頁)
訳文も読みやすい。これは売れるだろう。




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