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春ごとの花に心をなぐさめて 六十(むそぢ)あまりの年を経にける


西行

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構造主義も現象学もトランスの一部分である

概念は構造主義であり、認識は現象学である。

 

構造主義とは、

 

 

「人文現象を全体的・有機的な構造との関連でとらえ、かつ模型(モデル)を援用してこの構造の解明を目指し、歴史的、時間的な経過を記述するよりも、それらの生起を可能ならしめる構造もしくはシステムの分析を重んじた」(ブリタニカより。太字は引用者)

 

 

と解説される思潮で、1960年代に流行した。

 

 

他方で、上記の解説にも登場する「現象」の学たる現象学は、「企投(きとう)」という実存主義由来の理解を言語活動に読み込んだ。

 

 

実存的な関係企投が言語の『意味』の基底的本質であり、記号としての言語の『意味』はそれ[実存的な関係企投]を根拠として成立している」(竹田青嗣『現象学は<思考の原理>である』ちくま新書、2004年、173頁)

 

 

構造主義とペアで現象学を説明しているところを引用すると、

 

 

「言語の一般規範(ラング)が個々のパロール(現実言語)を可能にしていますが、根拠関係としては、パロール(企投的意味)の積み重ねが絶えずラング(一般ルール)を作りあげている」(同上書、172頁)

 

 

現象学がいう「企投」は、人間の身体と言語がもつ「ゲーム」的な性質に根ざしている。

 

 

「ゲームの本質というものは、単にそのルールの体系を正確に記述することではけっして把握できないものであり、…主体のゲーム経験だけがゲームの本質をつかむことができる」(同上書、130頁)

 

 

ただ、言語という「集合関係的ゲーム」は、普通のゲームとちがって「目的」が限定されないため、身体と同様に、「つねに自分のルールを刷新しつづけるような構造になっており、…プレーヤーの多様な自己設定に委ねられている要素が大きい」(同上書、132-133頁)。

 

 

以上を私流にまとめると、トランス(自己超越) には二つの局面があるということである。

 

 

概念の表現による話し手のトランス    誰であれ、言語で語るときは概念の体系=構造をもちいて文を生成する。話し手は言語によって「いま・ここ」という物理的な制約を超えることができる。このとき、現象学がいう「企投」が起こる。

 

意味の認識による聞き手のトランス   聞き手が言語表現を認識し解釈するとき、聞き手もまた概念の体系を参照しながらトランス(自己超越)する。ここでゲームのルール変更の可能性がある。

 

 

話し手は自分の表現の聞き手でもあるから、,鉢△亙未里海箸任呂覆ぁ

 

構造主義といい、現象学というのは、トランスのなかのどの面に注目するかのちがいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の哲学 世界はトランスする | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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