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         大鏡


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抽象名詞はなぜ無冠詞か

以前、CBS の番組でグーグルの幹部が、

 

 

"Innovation never comes from the established institutions."

 

 

と述べていた。  

 

 

http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=50154136n

 

 

 

私はこの言葉が好きだが、この文は、冒頭の innovation には冠詞がなく、終わりの established institution には -s と the がある。それはなぜだろう。

 

 

 

 

私は、英語の冠詞を、感覚や意味ではなく、社会的に共有された冠詞の概念と、名詞についての話し手の具体的な認識との関係において説明する方法を考えてきた。

 

冠詞を理解しようとするとき、ヒントになるのは、<なぜ、名詞以外のものには冠詞をつかわないか?> というベーシックな疑問である。

 

つまり、<名詞以外のもの、たとえば動詞や形容詞や副詞や前置詞、接続詞が、冠詞と無縁なのはなぜか>ということだ。

 

それは、ひとくちに言うと<定形性>の有無ということだと思う。

 

名詞には定形性(構造性、反復性、分類性)が認識しやすいが、他のものにはそれが乏しいというのが、英語を支える基本感覚のひとつである。

 

定形性が認識しにくい概念の代表は、動詞や形容詞である。学校文法でいう「抽象名詞」とは、動詞由来や形容詞由来の名詞のことであり、抽象名詞が 冠詞の a や -s をとりにくいのは、それらがもともと動態→動詞や状態→形容詞という、不定形な概念だからである。

 

 

 

 

冒頭の英文の innovation に冠詞がないのは、それが innovate するという動詞由来の抽象名詞であり、概念として定形性に乏しいからである。innovation とは、この世の不特定の人々が、任意の場所や時間で行なっている多種無数の行為がもつ共通の特徴を名詞にしたものである。innovation に「定形性が乏しい」というのは、「革新」という抽象的な特徴をもつ多種無数の行為には、定まった「かたち」がイメージできない、ということである。

 

文の末尾の institution も、動詞 institute に由来する -tion 型の抽象名詞である。だがここでは、「組織」という定形性(構造性。たとえば上下関係)を認識して述べているので、複数-s になっている。

 

最後に、established institutions に the があるのはなぜか。

 

established なものがあるなら、そこには unestablished なものもあるはずである。established institutions と unestablished institutionsの二つがペアになって、institutions の全体を構成している。全体で二つあるもののうち、話し手は、established のほうを選んだ。表現場(概念が組み合わされる心内の場)の枠(institutions)における、このほとんど無意識の選択の軌跡が、the という「特定性」の表現となってあらわれたのである。

 

 


英語の話し手は、冠詞のような社会的概念をつかいながら、自分の個人的な認識を音声・文字で表現している。

 

こうした概念と認識のからみあいを、英語ネイティブがいちいち意識しているわけではない。それはちょうど、車を運転する人が、車の仕組みをいつも意識しているわけではないのと同様である。むしろ、自分が使っているスグレものの仕組みを意識せず、無意識に使えることほど効率のいいものはない。

 

 

 

えらく理屈っぽい説明になったが、言語がつくる世界は、このように理屈で説明できるし、その理屈が面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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