ごきげんようチャンネル

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言語は貨幣でつくった首飾りである

社会の誰にでも価値(概念)が理解されるという意味で、言語は貨幣に似ている。

 

だが、言語が伝える意味は文ごとに異なるから、むしろ言語は、まちまちの使用価値をもつ商品にも似ている。

 

言語は、貨幣なのか商品なのか。

 

マルクスは、商品が社会的にもつ価値を、解読できない文字にたとえた文を書いている。

 

 

 

価値は、どの労働生産物をも一個の社会的象形文字 [外形はあるが、概念が不明な対象物] に変えてしまう。ずっと後になって人間たちは、この象形文字の意味を解読しようとして、人間自身の社会的生産物の秘密に探りを入れるようになる。というのは、使用対象を価値として規定することは、言語と同じく人間たちが社会的に作りだしたことだからである。」

 

(マルクス『資本論』筑摩書房マルクスコレクション版、114頁。太字は引用者)

 

 

 

たしかに、商品の価値の正体(抽象的人間労働)は、古代の象形文字が伝えようとする概念に似て、なかなか解明できない。

 

だが、現在使われている言語の文字が伝える概念は、その社会に住む人間には明らかであるように思える。言語はその時代、その社会で通用する商品的貨幣であり、貨幣的商品である。

 

とはいえ、言語を作り、その意味を享受するには、対価がいらない。つまり言語は基本的に無料で作れるし、無料でもらえる。だから言語は、商品・貨幣とまったく同じ性質のものではない。

 

どうやら、言語の仕組みと経済学上の概念は、ねじれた対応関係にあるらしい。

 

 

...

 

 

言語と経済学上の諸概念の対応関係は、次のように整理できる。

 

左が言語の諸要素、右が、それに対応する経済学上の諸概念である。

 

 

 

対象  原材料

 

認識   原材料調達・加工労働 具体的有用労働

表現   商品出荷・陳列労働  具体的有用労働

 

 

語彙としての概念     価値  ← 抽象的人間労働

言語規範としての概念   労働規範

 

 

表現体=言語  商品。  労働と価値を含んだ生産物(物象)

音声・文字   貨幣体系(価値表示のための表象的単位からなる体系)

 

意味         伝達される概念としては交換価値、伝達される認識としては使用価値

 

伝達      商品流通・生産物の分配

意味の受容   消費

 

 

 

音声・文字による表現体すなわち言語は、多種の貨幣(一般的等価物)を集めて作った首飾りである。使用した貨幣の種類とそのつなぎ方、すなわち首飾りの素材と形によって、異なる意味が伝達できる。

 

 

...

 

 

ところで、上記の対応表には、重要なものをひとつ追加しなければならない。それは、

 

 

自己  労働力

 

 

である。

 

マルクスは、労働(認識・表現)と労働力(自己)の関係について、次のように述べる。

 

 

 

「人間の労働は、ふつうの人間なら誰でも特別の発達を経ることなく自分の肉体的な有機労働のなかに平均的にもっている単純な労働力の支出である。」(『資本論』筑摩書房マルクスコレクション版、69頁。太字は引用者)

 

 

 

ならば、言語の「労働」たる認識・表現は、「自己」という労働力の支出にほかならない。また、人間の自己には、社会の誰もが「平均的にもっている単純な」レベルがあり、その「平均」は年齢に応じて増大することも、ここから読み取れるだろう。

 

われわれの身体は、自己という観念的労働力をもち、自己を発揮することによって、体内に抱いた対象を、規範としての概念によって認識・表現した表現体、すなわち言語を作る。それは、労働者が労働力を発揮することによって商品を作るプロセスと同じ構造である。

 

自己による言語労働(認識・表現)の結果、われわれは<現実世界の自分>と、<自己による観念世界>というふたつの世界をもつことになる。

 

認識は、自分がいる現実世界の私的な出来事だが、概念を用いた言語は、自己がつくる社会的な観念世界である。社会的な言語が作る観念世界を鏡にすることによって、われわれは自分がいる私的な現実世界を知る

 

既存の言語学は、自己という社会的労働力の存在と成長、そしてその労働力がつくる観念世界の現実超越性・現実照出性に十分気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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