ごきげんようチャンネル

Life is for those who have a hope.

Action is of those who embrace a yearning.

History is made by life and action, hope and yearning.


<< 心身問題 連関の論理による簡潔な解決 | main | 概念は言語の非物質的側面である >>
概念形態論 マルクス価値形態論を読み替える

マルクスの価値形態論が述べられているのは、『資本論』第一巻第一章の第三節「価値形態または交換価値」である。

 

以下にみるように、マルクスの価値形態論は、<概念形態論>として読み替えることができる。

 

ここでは、まず私が読み替えた文(概念形態論)を斜体字で示し、そのあとに、『資本論』の該当箇所の翻訳文(価値形態論)を掲げる。『資本論』の訳文は、筑摩書房刊・マルクスコレクション版による。

 

 

 

 

 

 

語彙は二重形態(実物形態かつ概念形態)である。

 

 

言語は、実体詞(名詞)、動態詞(動詞)、状態詞(形容詞)、様態詞(副詞)など、さまざまな語彙の形をとってこの世に登場する。すなわち、語彙は言語の実物形態である。

 

そして、それらの語彙は人間の使用対象であるだけでなく、同時に概念の担い手である。このような二重体であるからこそ、それらは語彙なのである。

 

いいかえると、語彙は二重形態すなわち実物形態であると同時に概念形態をもつときにのみ、言語として現れる。あるいは、語彙は二重形態をとるときのみ、言語の形態となる。

 

 

 

以上に対応する、マルクス『資本論』の翻訳文

 

「商品は、鉄、リネン、小麦、等々のような使用価値または商品身体の形をとってこの世に登場する。これは彼らの生まれながらの実物形態である。とはいえ、それらは使用対象にして同時に価値の担い手であるという二重体であるゆえにのみ商品なのである。したがってそれらは二重形態、すなわち実物形態であると同時に価値形態をもつかぎりでのみ、商品として現れる。あるいは商品の形態をもつ。」筑摩書房刊・マルクスコレクション版、73頁。

 

 

 

概念形態と実物形態の対象性の違い

 

言語は概念が形態をとったもの(概念形態)であるから、人間はこれを対象として認識できる(概念形態の対象性)。

 

他方、実物形態(音声や描線)としての言語は、感覚的でごつごつした対象として人間は認識できる(実物形態の対象性)。

 

ふたつの対象性はまったく違っている。

 

ここでとくに注意すべきことは、概念形態がもつ対象性には、自然素材はまったくふくまれていないということである。

 

 

以上に対応する、マルクス『資本論』の翻訳文

 

「商品身体のごつごつした対象性とはまったくちがって、その価値対象性の中にはみじんも自然素材は含まれていない。だからひとつの商品をどのようにひねくりまわしても、その価値物としての商品はいつまでたってもとらえどころがない。」筑摩書房刊・マルクスコレクション版、73頁。

 

 

 

概念形態は、言語が交わされる社会的関係のなかだけで現れる。

 

語彙は、人間的創造力という、どこをとっても等質の社会的単位の表現であるときだけ、概念として人間の認識対象になる。

 

つまり、概念形態の対象性は純粋に社会的な性質のものであり、この対象性は、実物形態の対象性と違って、言語が交わされる社会的関係のなかでのみ現れる。

 

 

以上に対応する、マルクス『資本論』の翻訳文

 

「商品は人間労働という同一の社会的単位の表現であるかぎりでのみ価値対象性をもち、したがって商品の価値対象性は純粋に社会的であることを想いおこすなら、価値対象性は商品と商品との社会的関係のなかでのみ現れることができる、ということもおのずから理解される。」筑摩書房刊・マルクスコレクション版、73-74頁。

 

 

 

言語表現はなぜ音声・文字という共通の形態をもつのか。それは発生過程から解明できる。

 

ところで、誰でも知っているように、語彙は、その多種にわたる実物形態とは対照的に、かの共通の形態、すなわち音声・文字という形態ももっている。

 

言語は、なぜ音声・文字という形態をもっているのか。

 

それを理解するには、音声・文字という形態の発生過程を証明すればよい。

 

概念を表現する仕方すなわち概念形態は、物まねや手ぶりのようなもっとも単純なものからはじまって、ついには音声・文字という輝かしい形態へと発展する。

 

この発生過程を解明すれば、音声・文字という形態は謎ではなくなる。

 

 

 

以上に対応する、マルクス『資本論』の翻訳文

 

「他のことについては何も知らなくても、次のことだけは誰もが知っているー すなわち、商品はその使用価値の雑多な実物形態とはいちじるしい対照をなす共通の価値形態、つまり貨幣形態をもつということである。とはいえここではブルジョア経済学がかつて試みようともしなかったことを実行しなければならない。すなわち、この貨幣形態の発生過程を証明すること、つまり商品の価値関係の中に含まれる価値表現が、そも最も単純で最も地味な姿から光り輝く貨幣形態に発展した過程を跡づけることである。これをなしとげたなら、貨幣の謎はただちに消えてなくなる。」筑摩書房刊・マルクスコレクション版、74頁。

 

 

概念と形態とのあいだの最も単純な関係(概念形態 I)

 

概念が形態に対してとる最も単純な関係(最も単純な概念関係。同じことを形態の側からみれば概念形態)は、あるひとつの概念に対して、あるひとつの実物形態が対応している関係である。

 

このとき、ある概念に対応させる実物形態は、他と区別できるものであれば、なんであってもかまわない。

 

 

以上に対応する、マルクス『資本論』の翻訳文

 

「最も単純な価値関係は、明らかに、他の種類のただ一つの商品に対する一つの商品の価値関係である。その際、他の種類の商品であれば何であってもかまわない。」筑摩書房刊・マルクスコレクション版、74頁。

 

 

…この部分については、少し私の注釈を加えておこう。人間たちが言語によって観念を交通しあうには、目に見えない内心の概念を目に見える物質的な形態すなわち実物形態で表す必要がある。

 

概念と対応させる実物形態は、他と区別できさえすれば「なんであってもかまわない」。

 

たとえば、語彙の実物形態は概念が対象にしたものと感性的に似ている必要はない。

 

「イヌ」という音声・文字(形態)が実物のイヌ(対象)に似ている必要がないのは、これが理由である。

 

ただ、<概念に対応させる実物形態はなんであってもかまわない>と言っても、人間にとって扱いやすい実物形態と、そうでもない実物形態の区別はある。

 

絵や、旗や棒など道具の動きや、太鼓の音や、口笛といったものも言語がとる実物形態になりうるし、げんにそうしたものを利用している場合もあるが、これらはなにかと不便なところがある。

 

けっきょく、人体の仕組みからいって、口から出す音声と手でこする文字が、言語のもっとも精妙かつ簡便な実物形態(≒貨幣形態)として普及した。

 

そしていったん文字の体系が確立すると、文字という「形態」にいたるために、書字のかわりに活字を組んで印刷したり、ボード上のキーを押してディスプレイに映すといった媒介を利用することも可能になった。

 

これは、いったん価値の実物形態として貨幣形態が確立すると、紙幣や手形が流通できるのと似ている。

 

なお、表情と手ぶりを組み合わせた言語の実物形態が高度な伝達力をもつことは、手話が証明している。

 

 

 

以下、マルクスの価値形態論にならえば、概念形態論 I、 II、 III 、そして音声・文字形態(貨幣形態)への発展を論じることになるのだが、長くなるので、ここまでとする。

 

 

 

 

 

 

ここまでで得られた主な成果は、次のことである。

 

 

 

音楽・絵画と言語の違いはなにか、身ぶりやものまねが言語といえるのはどういうときか、なぜ同一の対象について複数の言語による複数の語彙が成立するのか、象形文字・表意文字・表音文字、そしてそれらの組み合わせ(たとえば漢字の六書)が可能なのはなぜか、モールス信号や手旗信号や手話が成立するのはなぜか。

 

総じて、なにをもって言語と呼ぶべきか、なぜこのように多様な表現形態が可能なのか。また、多様な表現形態相互で<翻訳>が可能なのはなぜか。

 

 

 

こうした問題について、これまで明快な答えがなかったように思う。

 

 

 

概念形態論は、目に見えない心内の<概念>を、目に見える物質的で社会的な(=他者と共有する規範に合致した)<実物形態>に話者が対応させて表現するとき、それは言語と呼ばれるものとなると規定し、それを可能にする人間的創造力の内容を解明する。

 

概念形態論によれば、ある概念にある実物形態が対応するかぎり、多様な実物形態が許される。概念を共通にすれば、異なる実物形態のあいだの翻訳も可能である。

 

多様な言語の実物形態のなかでも、人体の特性上、もっとも普及した実物形態が音声と文字なのである。

 

概念形態論は、実体詞(名詞)、動態詞(動詞)などの<語彙>の種類がなぜ発生し、どのようにして語彙相互が組み合わされて立体化するかも論じることになる。

 

そこでは、語彙の種類とは、語彙の概念形態/実物形態を成立させるために必要な「社会的必要労働」の量(必要な<創造時間>の長さ)の違いにもとづくことも論じることができるはずである。

 

英語や日本語など多数の言語は、人間的創造力が作りあげた語彙=概念形態/実物形態の仕組みによって成立した、音声・文字の諸形態である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 07:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/4025
#誰が書いてるの?
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
#トラックバック