ごきげんようチャンネル


みにつもる ことばのつみも あらはれて こころすみぬる 三重(みかさね)のたき

   『山家集』1118

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「信号が赤だ」 言語世界は現実世界から独立している

私もそうなのだが、言語について説明しようとすると、つい目の前にある物を指して説明したくなる。教室なら、黒板消しを手に持ち、それを示しながら説明したりする。

 

じっさいには、われわれは自分の目の前の物や出来事を対象にして語ることはそう多くない。予定とか予想とか、過去の出来事とか、仮定の話とか、怒りや喜びのような内心の感情のように、目に見えること以外のことを語ることが多い。

 

しかも、「信号が赤だ」というように、目の前の現実を語っているように見えるときも、言語じたいは、その現実を直接語っているとは限らない。

 

「信号が赤だ」は、視覚によって得た自分の意識を直接語っている場合もあるが、「信号が赤い」という体外の現実は、言語にとっては間接的な事情に過ぎず、必ずしも実在する必要はない。現実に信号があろうがなかろうが、「信号が赤だ」は、それ自体で言語として成立している

 

言語表現の直接の対象は、体外の実在物ではなく、体内の自分の意識である。言語は、体外の現実とは五感を通して間接的につながっているだけである。

 

この事実を明瞭に理解することは、人間にとって難しい。

 

最新の言語学と思われている認知言語学でさえ、人間の知覚から出発しているために、体外の現実が言語の直接の基盤であるかのようにイメージする傾向がある。だから認知言語学は、認知を超越した抽象的概念に目を向ける姿勢に乏しく、言語が現実を超越する驚異的な力の前に、無力である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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| - | 2017/11/04 10:46 AM |









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