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 魚、水を行くに、行けども際なし  道元『正法眼蔵』



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問題の追求が、問題の解決である

生き方の要点は、自分で決めた対象の本質を追求しつづけることである。無限に解決に向かっている人は、ある意味で、問題をすでに解決している。



ひろさちや氏の文を紹介しよう。
 

 


「わたしは子どものころ、こんな話を祖母に教わりました。

大量の糊(のり)が必要になりました。そこで牛若丸は、ちいさな箆(へら)でもって少しずつ飯粒(めしつぶ)をこねて糊をつくり始めました。それを見て、弁慶は言いました。

「そんな悠長なやり方では間に合いませんよ…」

弁慶は大きな鉄の鉢(はち)に飯をどっさり入れて、金棒でもってかきまぜました。もちろん、そんなやり方で糊ができるはずありません。

「あんな、急いだらあかんで。ゆっくりしいや……」

祖母はそんな教訓を語ってくれました。人一倍せっかち者だった祖母の言葉だから、聞いておかしかったですね。

これでおわかりのように、問題の解決は、その解決方法によってものすごく違ってくるだけでなく、どういうふうに解決するかが決まれば、おのずから問題が解決されてしまうものです。ある意味では、問題の解決方法そのものが問題の解決でもあるのです。」

 

 

(ひろさちや『50歳からの仏教入門』講談社、1998年、31-33頁)
 

 


ひろさちや氏の文はつづく。


 


「山登りをするときに、頂上をきわめることだけを考えていると、自分はまだこれだけしか登っていないと思って、絶望感におそわれます。植物採取でもしながら登ると、知らずのうちに頂上にまで来ているようなものです。

わたしたちに、極楽浄土に往きたいといった願望のあるかぎり、蜘蛛の糸はのぼれません。目標が設定されていると、かえって目標が遠くに感じられます。

蜘蛛の糸をのぼるには、そののぼっているという意識すら捨ててしまうことです。自分にとって蜘蛛の糸だけが「世界」だとしっかり信じられたとき、そこに救いがあるのでしょう。」

 

(ひろさちや同上書、59-60、34-35、185-186頁より抜粋)
 

 

 


解決と同等の解決方法とは、道中を道楽にするということである。これが、自分の主体性を確立することになる。

 



 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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