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発音が、外国語の見えないバリアになっている

先日、人に聞いた話。

 

 

 

パリに行ったら、露店に柿があった。見ると、「kaki」と書いてある。

「カキは日本語ですよね」

 

そう売り子に言ったら、けげんな顔をして、

「kakiはフランス語だよ」

と答えた。
 

 



もう一つ、似た話を読んだ。

 

 

 

和菓子の老舗「虎屋」がパリとニューヨークに支店を出したときのこと。

 

和菓子は小豆(あずき)の餡(あん)を材料に使う。ところが、欧米では豆類に高級なイメージがなく、これをお菓子に使うことに抵抗があった。

そこで、店ではこれを固有名詞風に adzuki と呼び、とにかく客に食べてもらった。bean(豆)の一種であることは、そのあと口頭で説明した。

すると和菓子は次第に受け入れられていったという。(川島蓉子『虎屋ブランド物語』東洋経済新報社、41頁)
 


柿がkakiと呼ばれて受け入れられたのと同様、小豆はそのままadzukiと呼ぶことで違和感がなくなった。

 

 

 

 

 

柳父章『翻訳語成立事情』は、近代日本で英語のrightやsocietyのような基本語が「権利」「社会」という耳慣れない漢字語に翻訳され、この新語が流布した心理を分析している。

それによると、「権利」「社会」は、当時の人には意味(中身)がよくわからなかった。そして、わからないがゆえに深遠な感じがして、人々に受け入れられたのだという。

これを柳父氏は「カセット効果」と呼んでいる。ここでカセットcassetteとは、テープではなくて「小さな宝石箱」の意である。

外見が見慣れず中身も見えないが、だからこそいいものが入っていると思える。この「わからなさ」のゆえに、近代の新語を日本人はすすんで受け入れたのだ、と。(柳父章『翻訳語成立事情』岩波新書、1982年、36、83、86、116、189頁)

聞き慣れない単語のほうが、かえって受け入れられる。kakiや adzuki にも、そういう心理が働いたのだろう。

 

 

 

 

この話で、隠れた役割を果たしているのが、発音の問題である。

 

パリのkaki、ニューヨークのadzukiは、もはやフランス語であり、英語である。それは、フランス語、英語として聞こえる発音で言っているからである。society が「社会」で受け入れられたのも、日本語の音に変換されたからである。発音が変わることで、言語が変わる。言語の違いとは、発音の違いが第一である。

 

 

「発音には、そうこだわらなくていい」
「発音は最後でいい」

 


という人は、おどろくほど多い。

たしかに発音が完璧でなければ話してはいけないというものではない。しかし、だからといって「最後でいい」「こだわらなくていい」ということになるだろうか。スポーツでも芸事でも学問でも、基本的なことについて、「最後でいい」「こだわらなくていい」という人がいるだろうか。

英語もどきの日本語の音を、英語と思いこんできたとすれば、迂闊な話である。発音が日本語であれば、それはもはや日本語の一部である。

 

英語の息、英語の声、英語の音で表現する。それが英語なのだ。発音軽視は、日本の英語教育の徒労と失敗の、最初にして最大の原因かもしれないと、私は思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 日本に英語はない | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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