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言語は実物の影ではなく、心の影である おわり

言語を理解するには、

 

 

 

 

       影(音声・文字)

 

                   / ↓  ↖︎↘︎

 

現実世界の物事      ⇄       人の心

 

 

 

 

という三角形を視野に入れる必要がある。

 

言語の音声や文字は、現実世界の物事を起源とし、人の心を源泉として、この図でいえば反時計回りの運動で生まれた「影」である。そして、いったん生まれた「影」は、時計回りに作用する。影は人の心にはたらきかけることで、影が現実世界の物を表しているように思わせるのである。じっさいには、その物事が現実世界に必ず存在しているとは限らない。こうして、言語という「影」は、空想や錯誤を人の心に起こすことができる。

 

「影」の姿は、現実世界の物事の形象や、人が心に抱く心象に似ている必要はない。どんなに外見が違っていようと、その影が現実や心の中のなにを映しているかという対応関係がわかれば、それで用は足りるのである。

 

だから、影は現実世界の物事そのものではない。それなのに、影があれば現実世界の物事もあるように思わせることができるのは、言語が体現している概念が、現実世界の物事と人の心を対応させる規範(社会的約束)として作動するからである(図の ↓)。

 

反時計回りと時計回り。どちらに回っても、言語という「影」は、必ず人の心を媒介にして成立している。

 

万葉集の時代に、鏡に映った顔は、じつは人の心が映っているのだという観念があったという話を始めに書いた。言語にかんしては、このような古代人の観念は正しかったといえる。言語は実物の影ではなく、直接には心の影なのである。

 

 

言い換えると、言語の世界は、現実世界の物事と関係はあるが、それとはいったん切り離された世界である。

 

だからこそ、人間は言語によって自由になれるし、騙されることもある。

 

 

...

 

 

わかりきったことを長々と書いたような気もするが、たとえば外国語を習得しようとするとき、このことを心得ておくと役に立つ。

 

たしかに、言語には現実を映す機能もあるが、言語に映せる現実とは、われわれが心にとりいれた現実だけである。言語は、心の影なのである。

 

外国語の教科書に出てくる文のすべてが、その言語を用いている人々の心の影である。「地下鉄に乗りました」と書いてあっても、現実の地下鉄の話を直接しているのではない。”地下鉄に乗った”という心が、「地下鉄に乗りました」という影になって現われているのである。

 

外国語を覚えるときは、その「心」にフォーカスして覚えるのだ。これを心得ておくだけで、根本的な効果が生まれる。

 

 

 

 

 

 

 


 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | トランスグラマー 希望の文法へ | 17:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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