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言語は実物の影ではなく、心の影である その3

「かげ」が見えたとき、われわれは、その元があるはずだと思う。

 

ある「かげ」の元は、目に見える「物」かもしれないが、目に見えない「神」であるかもしれない。

 

ドイツ文学の池内紀氏が、こういう思い出を書いている。子どものころ、みんなと影踏みごっこをしていた。動く影を見ているうちに、影のほうが主人公で、自分はその従属物のような気がしてきた。
 

 


「自分が黒い小鬼の指図のままに身ぶり手ぶりをしているような気がして、おもわず足をすくませた。」

 

(シャミッソー(池内紀訳)『影をなくした男』岩波文庫、原作1814年、巻末の訳者解説、137頁)

 

 

もちろん、「かげ」は自分の身体を映しているのだが、子どもだった池内氏は、自分を支配している異次元の存在を「かげ」に感じたらしい。

 

さて、言語の音声や文字が、なにかの「かげ」だとすれば、それはなにを映しているのだろう。

 

この世に実在する物事の「かげ」なのか、それとも目に見えないものの「かげ」だろうか。

 

答えは、音声や文字の歴史的起源は実在する物であろうが、われわれが日々つくっている言語は、目に見えないわれわれの心を直接の源泉にしている。言語は、直接には、目に見えないものの「かげ」なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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