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西行



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本当に「復活」したのはペテロだった

ペテロは、イエスによって十二使徒のなかの首位と認められた人。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂は、ローマで殉教したペテロの墓の上に建造されたという。

 

もと漁師で、イエスが捕らえられたとき、自分も逮捕されるという恐怖から、イエスを「知らない」と三度も言ったペテロ。

 

そういう聖書の記述から、ペテロの性格は「直情的」とか「動揺しやすい」とか形容されることが多い。もっとはっきり言えば、ペテロは無教養で単純な、ある意味の「ダメ男」だったのではないかと、私は思う。ダメ男だったからこそ、イエスは使徒のなかの筆頭と認めた。

 

処刑されたイエスは、ユダヤに伝承されるキリスト(救世主)だったのだー。

 

そう気づいたあとのペテロの活動は、彼が「直情的」だったからこそ、熱が入ったのではないか。

 

 

 

 

キリストの死後、己の生をもう一度生き直そうと覚悟を固めた弟子たちの、その決意こそが、本当の意味の復活だった。」(原求作『キリール文字の誕生』上智大学出版、2014年、163頁)

 

 

 

 

イエスの復活の物語は、残された人々が抱いた幻想であったと解釈する人もいる。罪なきイエスの処刑を阻止できなかったことへの後悔。この後悔が、処刑によってイエスがキリストであったと確信できたこととペアとなって、周囲の人々を強い感情へとかりたて、イエス復活という共同幻想へと誘ったのではないか、というのである。

 

ペテロとよく比較されるパウロは、手紙が書けたくらいであるから、ペテロよりも教養があったのだろう。そのパウロも、かつてイエスの教えを否定し、キリスト教会を迫害したという負い目を背負ったからこそ、勇敢な布教活動ができた。

 

 

人間は、負い目を自覚するとき、ようやく人となる。

 

 

自分への後悔だけでなく、他人への謝罪をふくむとき、負い目が財産となって、勇気ある活動へと人をかりたてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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