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アメリカの社会運動が若かった時代 キング牧師とマルコムX

マルコムXとキング牧師を対比的に描いたドキュメンタリーを、アルジャジーラのサイトで見た。

 

 

 

Malcolm X and Martin Luther King

A portrait of two different voices whose demands for black equality gave rise to gains in American civil rights. 

 

 

 

 

マルコムX(1925-1965)とキング牧師(1929-1968)は、年齢がだいたい同じで、二人とも四十代で暗殺された。

 

アメリカの黒人運動を主導した両巨頭として有名だが、二人の関係がどうだったのか、私は知らなかった。

 

このドキュメンタリーによると、キング牧師は、過激な言動で知られるマルコムXにけっして会おうとしなかった。穏健な白人の支持者を刺激しないためであった。ところがあるとき、キング牧師のプレス会場にマルコムXが予告なしに現れたため、二人は廊下で短い会話をしたらしい。

 

ぎこちない雰囲気だったはずだが、なぜかこのとき、二人が一緒に破顔大笑している写真が撮られ、これが流布した。プロテスタントとイスラム教徒。政治路線もずいぶん違う二人だが、きっとどこかで共通するものがあったのだろう。

 

いくつか感想を。

 

ひとつは、二人は全米テレビネットワークが強い影響力をもった時代の指導者だったから、デモや演説がテレビに映ることを強く意識していた。

 

印象に残ったのは、1963年に、違法デモを組織したという理由でキング牧師が逮捕されたときの話。無抵抗を唱えるキング牧師が悠然と逮捕される姿がテレビに映ると、視聴者から大きな反響があった。

 

おもしろいのは、そのあとである。世論の反響をみて、キング牧師は、「自分が逮捕されるところをテレビに映させ、世論を喚起して、政治家が動かざるをえなくする」という戦術を思いついたらしい。

 

こうしたマスコミ利用術も駆使しつつ、キング牧師はケネディ・ジョンソン両政権の支持を得て、1964年、アメリカにおけるあらゆる人種差別を違法とする公民権法の実現に成功した。運動家は、運動のなかから有効な戦術を編み出していく。

 

 

 

もうひとつ、あらためて思ったのは、雄弁と勇気ある行動が人を奮い立たせるということだ。二人とも、暗殺の恐怖にめげず人前に出つづけた。子どもにデモさせて物議をかもしたり、自説を貫くためには仲間からの孤立さえ、あえて辞さなかった。死をも恐れず行動したマルコムXについて、"You act like a man." と評価している黒人の声が印象的だった。行動だけでなく、それを社会的に大きく意義づける雄弁も重要だと、二人の演説をみていてあらためて思う。

 

 

 

二人の違いは、マルコムXが暗殺されたときの、キング牧師のコメントに要約されている。

 

 

 

"His great problem was inability to emerge with a solution.  He had slogans that were catchy and people listened to.  But I don't think he ever pointed out the solution to the problem."

 

 

 

スローガンの人であったマルコムXと、現実の解決者になろうとしたキング牧師。告発者と建設者。二人は役割を分け合ったのだ。

 

 

 

もうひとつ、これも当然のことだが、近代国家では、社会運動は法律づくりに集約されるということである。法律になれば、行政機構は動かざるをえなくなるし、実行のための予算もつくから、社会運動としては、それでいったん成功したことになる。ただ、経済格差のような社会の実質的側面を是正するとなると、一片の法律だけでは難しくなる。キング牧師も、公民権法成立のあと、経済格差の解消が重要だと思っていたというが、その矢先に暗殺されることになった。

 

 

 

最後に、このドキュメンタリーを見ていて気づいたこと。それは、二人の表情がいつも硬いことである。カメラの前ということもあるだろうが、頰がこわばり、どうふるまうべきかいつも迷っている様子であり、声も高くて緊張している。

 

三十代の若さで社会運動のヒーローになったということもあるだろう。しかし、もうひとつは、当時の社会運動には、政治家の選挙活動のような一定の型というものがなく、なにをどうすればいいのか、いつも手探りだったからではないだろうか。

 

そんなとき、刺激的な映像を求める全国的マスコミ、その視聴者、そして中央政府の政治家が味方になった。そのため、地方の小さなデモが全国に知られ、人種差別に直接の利害をもたない政治家の良心に訴えることができた。

 

今思えば、1960年代、建国の理念がまだ力をもち、テレビという新しいマスコミが広がったころのアメリカ。そして指導者の若い感性と行動力も手伝って、運動はとにかく成功したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 人類史どれどれ虫眼鏡 | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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