ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


<< マルクス永遠の誤読 『経済学批判要綱』序説の場合 その2 | main | 自己は個人のものではない >>
マルクス永遠の誤読 『経済学批判要綱』序説の場合 おわり

注:同じマルクスの「序説」には、冒頭部分と同じ趣旨の文がある。筑摩版の訳文では、次のようになっている。

 

 

「だから生産が話題になるとき、つねに話題になっているのは、ある一定の社会的な発展段階にある生産ー 社会的な諸個人による生産である。」(筑摩版、145頁。太字は引用者)

 

 

「諸個人による生産」という訳も、私の見方からすれば、一面的な解釈の現れである可能性がある。そこで、この箇所の原文を参照してみると、ややこしいことに、別の意味の戸惑いを感じる。

 

 

 

"Wenn also von Produktion die Rede ist, ist immer die Rede von Produktion auf einer bestimmten gesellschaftlichen Entwicklungsstufe - von der Produktion gesellschaftlicher Individuen."

 

(http://www.mlwerke.de/me/me13/me13_615.htm#Kap_1 太字は引用者)

 

 

 

最後の太字にした部分は、"Produktion der gesellschaftlicher Individuen" となるほうが自然に思えるが、どうだろうか。もしそうなら、マルクスの誤記、または誤植なのだろうか。

 

 

 

 

 

 


 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/3825
#誰が書いてるの?
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
#トラックバック