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ギタリスト・荘村清志さんのトークと公開レッスンを聴講した

岐阜市内の音楽ホールで、有名なギタリストの荘村清志さんのトークと公開レッスンがあるというので、行ってみた。

 

たいへん良かった。印象に残ったことをメモしておく。

 

50代だったかに、荘村さんは自分の演奏から無駄な力みをとるために、5年ほど苦しんだと語っていた。

 

多くの人が、荘村さんのように一人前になったあと方向転換に挑み、何年もかかって軌道修正に成功している。おそらくこうした模索の時期は、多くの人にとって必要なのだと思う。その苦しみがあったからこそ、現在の段階へと飛躍できたのだ。

 

こうした大人の法則? のようなものは、十代、二十代の人には理解できないだろう。いまは理解できなくても、そういうことが自分にもあるかもしれないことを知っておくと、あとで役立つと思うのだが、それを教えてあげる人がいないように思う。

 

さて、今回の私の最大の発見。それは、音楽、とくにクラシック音楽は現実を完全に超えた世界であり、現実を超えるための技術も存在するということだ。

 

それは当然のことのようでもあるが、今日は目の前で荘村さんがギターを弾く姿を見て、あらためて実感した。

 

荘村さんは、足台で左足をかなり高く上げ、ギターを45度くらいに立ててしっかり身体で固定する。左手だけでなく、右手も弦にそって頻繁に移動し、音色を自在に変化させる。右手小指は常時立てている。本人の説明では、指の腹はあまりつかわず、ほぼ爪先だけで弦を弾いているという。

 

私もギターを弾くのでわかったのだが、両膝と右脇でギターをしっかりと固定することで、荘村さんは左手と右手をギターの重みから解放しているのだ。だから、左手と右手が楽に、自由に動ける。そのせいか、荘村さんの場合、両手の移動が軽々としており、しかも指先だけで強いビブラートをかけることができる。

 

これは、ロックギターやブルースギターの演奏法と大きく違うところだ。ロックやブルースでは、左手も右手も、ギターを身体につなぎとめる役割を果たしており、ギターを両手で身体に押しつけてビブラートをかけ、生っぽい感情やフィーリングを表現する。

 

ところが、荘村さんは両手がギターからほぼ完全に解放されており、しかも、小さい音で弾く。彼自身、

 

「ギターに大きな音は必要ない。むしろ小さい音のほうが魅力的であり、音の粒もそろって美しく聞こえる。」

 

と何度も語っていた。

 

これでわかった。

 

両手をギターの重みから完全に解放し、小さく繊細な音で演奏する。小さい音で弾くことで、音量という物理世界を脱し、音質という音楽世界へと、人を引き込む。この技術によって、音楽が現実の重みから解放されているのだ。

 

この方法は、ほかの分野でも使えそうだ。現実は現実としてしっかりと把握しておく。そうするからこそ、力みを脱し、重力のない本質の世界で、自由に浮遊できる。

 

この二段構えの姿勢を習得したことで、荘村さんは今の境地を得たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | アートする人びと | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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