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あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


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歴史は意志の表明によって区切られる 

社会の事象の本質は、意志の統合の仕方にある。

 

人間にとって、この世で力をもつものは、詰まるところ物質的価値、社会的意志、観念的意味の三つである。

 

これら三つを統括する位置にあるのが、社会的意志である。会社や国家など組織の本質(存立のよりどころ)は、利益、支配などではない。むしろ、利益、支配を全うしようとする意志にある。

 

ホントか? と思うなら、組織が存続の意志を放棄した場合を考えてみればよい。

 

例えば、ある王朝の代表者(王)が、支配の意志を喪失したと宣言し、以後、わが王朝のために働いても報酬を出さない、位階も制定しない、法律も公布しない、税金も集めない、外国の代表が来ても接受しない、後継者も指定しない、などと表明したらどうなるか。

 

「それでは、私が替わりに支配しよう」といって、王位継承権者以外の者が権力を握る場合もある。その者が多少とも前王と血縁がある人物であっても、正統を継ぐ王位継承権者が支配の意志を放棄している場合、それは別の王朝とみなされる。

 

また、王朝の代表者や後継者が皆死亡するか、完全に追放されてしまった場合も、王朝は滅亡する。これも存続の意志をもつ代表者がいなくなったということであり、やはり意志の有無が事の本質である。

 

たとえば、清朝が滅亡したのはいつか。それは、中華民国が建国を宣言した1912年1月1日ではない。それから2ヶ月余り後の1912年2月21日、後事を袁世凱に託して宣統帝溥儀が退位を宣言し、支配の意志を放棄した時である。

 

 

戦争の本質も、破壊や殺傷ではない。破壊や殺傷は手段である。戦争の目的は、相手の抵抗意志を消滅させたときに達成される。

 

外国の植民地になるかどうかも、代表者が他国の支配を受け入れるかどうかという意志の問題である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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