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AIのパワー:貨幣・政府・国語が<数>に収斂している おわり

個々の商品とちがって、貨幣はすべての商品の価値尺度となるという、特別の地位を獲得している。

 

個々の組織とちがって、国家は地域のすべての構成員に一定の社会的属性(国籍、権利、納税、軍役など)を与えるという、特別の権能をもっている。

 

 

 

支配が一部分ではなく、「すべて」に及んだとき、質的な転化が起こる。その支配は、いわば不動のブランドになり、誰もがその権威をうけいれ、支配を承認するようになる。

 

逆に、こうもいえる。支配が「すべて」に及ぶのは、支配される側のあいだで、それが無意識のうちに支配力として承認されているときである、と。

 

 

 

ルソーとマルクスがちがっているのは、おそらく、次の点にある。

 

 

支配力は、人々がそれと自覚しないうちに浸透していく。支配力は、あらゆる構成員のあいだでいったん確立すれば、今度は構成員への支配を当然のこととしてふるまう。(支配力の無意識的な実体化)

 

この過程に人間社会の秘密があると考えたのが、ルソーとマルクスであった。

 

そして、実体化した支配力の積極面に人類の希望を見たのがルソーであり、実体化した支配力といえども、そもそも人間の盲点をついた一種の転倒にすぎないことを重視したのがマルクスであった。

 

 

 

...

 

 

貨幣(マルクス)、政府(ルソー)、そして国語という近代社会の産物は、どれもその力の源泉たる<価値・意志・意味>が人間にとって無意識化しているため、その支配が当然のように受け入れられる。

 

<価値・意志・意味>は社会の本質であり、支配力である。だがそれは、<力>であるから目にはみえない。それは<交換財・行為態・表現体>という、目にみえるものとして現象する。

 

<交換財・行為態・表現体>の実体は、人がおこなう<労働・交流・観念>である。だが、それをおこなう当人たちは、目に見える<交換財・行為態・表現体>を追いかける。だから、この「追いかけ」から自動的に発生する<価値・意志・意味>の支配力に、当人たちはなかなか気づかない。

 

これが近代社会の段階である。

 

現代では、<貨幣・政府・国語>が内包していた国境が取り払われ、すべてが<数>へと収斂する傾向がある。

 

<貨幣・政府・国語>という<交換財・行為態・表現体>は、<価値・意志・意味>という全社会的支配力を無意識化し、<労働・交流・観念>という実体を隠蔽する。現代では、コンピュータがこれらの支配力を<数>へと一元化しつつある。

 

このごろのAIの隆盛は、このことを示している。

 

 

 

 

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | よみがえる史的唯物論 | 06:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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