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史的唯物論の出発点は、個々人の「生活」の生産にあった その7

それでは、マルクスのドイツ語原文は、正確にはどう書いてあるのか。

 

ドイツ語圏文化を研究しているある碩学にこの文をみてもらったところ、次のようなアドバイスをもらった。

 

 

 

 

 a. 基本的には、

 

 

「社会のなかで何かを生産している諸個人ーということは、諸個人の自由意志ではなく社会的に規定されたやり方で何かを生産しているにすぎない諸個人が、当然の出発点である。」

 

 

といった風に読める。

 

ただし、原文が Produktion der Individuen となっているところはやや問題がある。上記のように「諸個人による生産」の意味であれば、ここは der ではなく von または durch になるほうが自然であろうと思われるからである。

 

 

b. そこで、Produktion der Individuen について、Produktion が他動詞由来の名詞であることを考えると、「諸個人生産すること」という意味に読む余地も十分にある。そのことを考え、bestimmt (規定された)も重視して全体を理解しなおすと、

 

 

「社会のなかで何かを生産している諸個人ーということは、社会に規定されている、つまり社会によって生産されている諸個人、これが当然の出発点である。」

 

 

 

といった意味に解釈することも可能である。

 

 

 

 

 

つまり、Produktion der Individuen の部分は、普通には「諸個人による生産」と読めるが、事実上、「諸個人生産すること」という意味に読むことも可能で、どちらであるかはこの文言だけでは決め手がない、ということである。(マルクスが両方の意味を述べようとした可能性もある)

 

既述のように、日本で流布している三種の訳本は、いずれもこの部分を「諸個人生産」または「個々人生産」と、どちらともとれる訳をしている。

 

これは、あいまいな原文をあいまいな日本語に訳したもので、ある意味では、これが適訳であることなる。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 05:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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