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史的唯物論の出発点は、個々人の「生活」にあった その6

参考のため、この部分の英訳例をあげてみよう。

 

 

 

 

 

1. PRODUCTION 

   

 

a) To begin with, the object before us is material production. 
   

 

Individuals producing in society -- and hence socially determined production by individuals -- is of course the point of departure. 

 

 

http://www.marx2mao.com/M&E/PI.html#intro

 

 

 

 

 

 

 

ここでは明確に、「個々人による生産 production by individuals」となっている。先に挙げた何通りかの日本語訳も、この英訳と同様、「個々人による [財貨の] 生産」のつもりで、「個々人生産」と訳したのかもしれない。

 

これは、<物質的生産>といえば財貨の生産のことであるという理解が、マルクス以降に通説となったことが影響していると思われる。

 

だが、既述のように「個々人生産 Produktion der Individuen」という原文は、「個々人生産すること」という意味にもとれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | よみがえる史的唯物論 | 05:06 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
<物質的生産>について
 <物質的生産>を「財貨の生産」とし、第二の生産である人間の物質的な生活維持を切り捨てたのはスターリンの『弁証法的唯物論と史的唯物論について』(1938年)です。
 『序言』の唯物史観の定式における、「人間は彼らの生活の社会的生産において…」の「社会」と「生産」をマルクスがどういう意味で用いているかの意義解明の重要性を、河上肇や櫛田民蔵も問題にしています。
 この辺は三浦つとむが、貴テーマ「よみがえる史的唯物論」と同主旨の『マルクス主義の復元』(1969)第一章 七 『経済学批判序説』はどんな論理構造を説いているか、以下で対立物の統一、相互浸透の論理構造に基づき展開していますので是非参照下さい。
 なお、<物質的生産>と対になるのは<精神的生産>で上部構造であり、イデオロギー、言語、芸術、科学他ということになります。■
| YAGURUMA"剣之助" | 2013/02/02 12:53 PM |









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