ごきげんようチャンネル

 魚、水を行くに、行けども際なし  道元『正法眼蔵』



<< <哲学という名の思い出>にふける悪弊について その4 | main | <哲学という名の思い出>にふける悪弊について その6 >>
<哲学という名の思い出>にふける悪弊について その5

認知言語学によるここまでの議論は、なんとなくわかったような気がしないでもない。


ところが、この後からタイラーほか前掲書の主張は、にわかに雲行きが怪しくなる。



「意味は根本的にメンタルな性質を持つものであり、精神とは独立した客観的に検証可能な世界に固有な事物を直接的に表すのではなく、概念構造を表しているということである。


言語は概念構造を表しているのであり、概念構造は間接的にこの世界を映し出しているのである。」(タイラーほか前掲書、25-26頁)



つまり、われわれは「世界」を「直接的」には扱えず、「概念」(あるいは表象)を介して「間接的」にしか扱えないというのだから、一種の不可知論に近づいていることがわかる。


そして、タイラーほか前掲書にある次の表現は、認知言語学が決定的に不可知論に傾く可能性を明示している。



「私たちが意識的にアクセスできるのは投射された世界 ―精神によって無意識に組織化された世界― だけなのである。」(ジャッケンドフの表現)23頁。







(つづく)







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 哲学は終わった | 08:37 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
この発想の根底には、デカルトの心身二元論があり、チョムスキーが『デカルト派言語学』でプラトン的イデア論に落ち込んだ観念論の系譜でしかないことが理解できます。

 キリスト教単性社会の呪縛の深さが窺われます。■
| YAGURUMA"剣之助" | 2017/04/30 12:14 PM |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/3264
#誰が書いてるの?
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
  • 真実には過ぎ去ったものもある
    みうら (10/22)
  • 真実には過ぎ去ったものもある
    月研ぎ (10/22)
  • 真実には過ぎ去ったものもある
    月研ぎ (10/21)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    みうら (10/18)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    月研ぎ (10/18)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    みうら (10/18)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    月研ぎ (10/18)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    みうら (10/18)
  • 日本人は英語がうまい? マーク・ピーターセン氏の優しさ
    月研ぎ (10/18)
  • 英語を演奏する技術
    みうら (10/17)
#トラックバック