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森鴎外「かのように」から

森鴎外「かのように」(1912年)再読。

 

おそらく作中に登場するドイツの文献に触発されて鴎外が書いた一編。

 

「かのようにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている。」

 

という主人公の言葉が示すように、いろいろな矛盾の生成・解決形態が「かのように」というひとつの言葉でくくられて考察されるので、読後が複雑である。

 

私流に整理すると、ひとくちに「かのように」といっても、

 

・人間の認識が誤謬と正確のあいだの反映、直接的同一、媒介的統一、相互浸透、過程的統一といったさまざまな矛盾の運動形態をとって発展するものであるという面。本作は、誤謬を媒介として人間の認識が発展していくプロセスにおいて、誤謬の実在を承認する心理を「かのように」と表現している。

 

・人間の素朴な感覚では信じにくい実在、たとえば無限分割とか幅のない線とか二乗するとマイナスになる数といった概念。こうした概念の拡張を媒介にして人間の認識は発展してきた。これは誤謬と正確の矛盾とは若干異なり、仮説と検証のあいだの矛盾という相互媒介的統一の運動形態である。本作は、この「仮説」も「かのように」の例としている。

 

・天皇制やプロシア帝政のように、神話的な宗教観念と世俗的な政治制度が結合している場合に、危険思想と言われないための処世術として、神話が史実である「かのように」ふるまうという虚構の姿勢がありうるということ。作中にある「無頓着」「嘘」といった運動形態もまた、この矛盾の現実的な解決方法である。本作は、このような現実的な矛盾の解決方法も「かのように」と呼んでいる。



以上のように、近代科学と近代国家の興隆のなかで露になった<誤謬・仮説・虚構>という三つの「かのように」が、インテリの主人公の口を通して錯綜したかたちで描写され、そのまま放置された作品である。

 

考えてみれば、<誤謬・仮説・虚構>という三つの「かのように」のなかで「八方塞がり」となり、けっきょくは日々を「無頓着」に過ごすのが「多数」であるというのは、米軍基地の問題でも財政危機の問題でもあてはまることである。


しかし、鴎外が描いた「かのように」は、事態の一面にすぎない。


<誤謬・仮説・現実>は、じつは<正確・検証・理想>とペアになって高次の矛盾をつくり、解決するものである。


その解決のための運動形態をいかに巧みにつくるかが問題なのだ。




 

 

(おわり)

 

 




 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 米軍基地のなくし方 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
よくわかりません。

例えば、幅のない線を検証できるとは思えません。
もし検証できるとしても仮説を土台にせざるを得ない。
数学がアプリオリに与えられているワケではありません。

鴎外はカントも読んでいるので、その辺りの認識は当然あったと思われます。
| 一市民 | 2013/12/05 7:36 PM |









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