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岡倉天心『茶の本』の意外 その2
『茶の本』には、「琴ならし」という道教の説話が紹介してある。

洛陽の郊外・竜門に桐の大木があり、これを切って琴にしたところ、誰もこれをうまく鳴らすことができない。

そこに伯牙(はくが)という名人が現れて、見事に弾きこなした。

王はたいへん喜び、その秘訣を聞くと、伯牙は、

「他の人々は自己のことばかり歌おうとするから失敗したのです。私は楽想を琴にまかせてしまっただけです。」

と答えた。

そういう説話である。

さて、意外なのはここからである。

この話で、竜門の琴と名人・伯牙をくらべて、どちらが芸術作品でどちらが鑑賞者かと考えると、私などは読みながら無意識のうちに、

竜門の琴≒芸術作品

伯牙≒鑑賞者

とイメージしていた。われわれ鑑賞者が伯牙のような名人であるとき、はじめて琴≒芸術作品からよい楽音を引き出すことができるのだ、と。

ところが、天心は逆の方向に考えを進める。

「真の芸術は伯牙であり、われわれは竜門の琴である」64頁。

つまり、

竜門の琴≒鑑賞者

伯牙≒芸術作品

だという。

頑固でなかなか鳴らず、名人の手ではじめて楽音を鳴らされる琴とは、われわれ鑑賞者のほうである。

「彼の言葉は私の心の琴線に触れました」

などということがあるが、天心が述べているのは、このことである。

すぐれた芸術作品は頑冥な琴を鳴らす名人なのであり、芸術作品に触れられて「鳴る」のは、私たち鑑賞者の心なのである。











(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 名著のアフォーダンス | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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