ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


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望むらく hopefully は、望ましくない? 「世俗」から「正統」が生まれるとき
"Hopefully I survive to 105." (ひょっとしたら105歳まで生きられるかも)
こういう文修飾 floating の hopefully は、英語圏の有識者が問題視してきた用法で、最近の調査でも「望ましくない」と答えた知識人が8割にのぼるという。
hopefully のどこがそんなに問題なのか。
hope しているのが誰なのかわからない、あいまいだということらしい。だがそれなら sadly, thankfully, mircifully, frankly なども似たようなものであり、これらはまったく問題視されていない。
カリフォルニア大のある教授によると、hopefully だけがこれほど問題視されるのは、おそらく世間向けのちょっとした商品に hopefully は安易に使うなと注意書きしてあったのがはじまりで、これが権威ある「規則」であるかのように巷間に流布したらしい。
 
The prejudice against "hopefully" will no doubt survive, zombie-style, among the scribbling classes for quite some time. But it's the last of its breed. People will always have their crotchets, those scraps of grammatical lore they learned at the end of Sister Petra's ruler. But there's no one around now who could anoint a brand-new litmus test for grammatical purity. 
http://www.npr.org/2012/05/30/153709651/the-word-hopefully-is-here-to-stay-hopefully
これで思い出したのが、will と shall の使い分けの話である。「単純未来」とか「意思未来」とか、昔の文法書に載っていた、あの煩わしい「規則」である。
小西友七氏がどこかで詳しく書いていたが、事のはじまりは、アメリカで発行された小さな世俗的パンフが will とshall の規則なるものを書いたことであった。これがいつのまにか権威ある話として流布したのであった。
意外な出所から、言語の「正統」が生まれる。
ちなみに、上記の教授によると、I hope とhopefully は意味も違うから、ますますhopefully の存在意義は明確である。
"I hope I survive to 105."
はたんなる願望で、その可能性があるかどうかはわからない。
"Hopefully I survive to 105." 
は、その可能性があるという意味を含んで言う。
| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の文法 トランス・グラマー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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