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         大鏡


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拉致大国・日本 従軍慰安婦と中国人強制連行4万人

戦中の日本が朝鮮半島から多数の人々を強制連行したことはかなり知られている。

しかし、日本が中国人を大量に日本本土に「拉致」して強制労働させていたことを知っている人は案外少ない。

中国人強制連行は1942年11月27日、東条英機内閣の閣議決定にもとづいて始まった。

この閣議決定はこう述べている。

「特に重筋労働部面に於ける労力不足の著しき現状に鑑み…華人労務者を内地に移入し以て大東亜共栄圏建設の遂行に協力せしめんとす。」

この決定をうけて1943年には試験移入が実施され、1944年2月28日の次官会議で本格移入の開始が決定された。

連行の方法は、日本の傀儡である中国の行政機関が行政組織に人数割りして供出させた「行政供出」と、日本軍がとらえた捕虜などを収容所で「訓練」してから連行した「訓練生供出」の二種類が九割近くを占めた。このなかには、日本軍が掃討作戦でとらえた一般民衆を無差別に連行した例が多数含まれていた。まさに「拉致」である。

日本に「移入」された中国人は全部で3万8,935人。鉱山、土木建築、港湾荷役など全国135か所の事業場で働かされた。うち死亡と記録された者は6,830人、17.5%。たとえば静岡県仁科鉱山では、連行された200人のうち104人が死亡したことがわかっている。

閣議決定による正式の政策であり、外務省は嘱託調査員をつかって詳細な記録を作成した。それが幸い焼却を免れて発見されたために、今日では上記のような細かい数字や氏名まで判明している。(外務省『華人労務者就労事情調査報告書』1946年)

しかし中国や連合国による戦犯追及を逃れようとしたためか、この報告書は連行者の死因について栄養失調や過労を「大腸炎」と記述するなど、虚偽と思われる記載を含んでいる。

(以上のデータは、神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を記録する会編『神戸港強制連行の記録』明石書店、2004年、132‐133頁より)

 

女性についての従軍慰安婦問題も、こうした男性の強制連行の実態とペアでとらえる視点が必要なのではないかと思う。

 

あの戦争(私のいう1931ー1951年の「20年戦争」)の実態については、日本政府による資料焼却、中ソ朝と国交がなかったことなどにより、長く隠蔽されてきた事実がまだまだ存在する。

 

20年戦争から半世紀以上たったが、日本の戦争責任は、これから本格的に認識が深まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 






 

| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 希望の歴史 トランス・ヒストリー | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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