ごきげんようチャンネル


あきらけき かがみにあへば すぎにしも いまゆくすゑの こともみえけり

         大鏡


<< 言語はいかにして現実から独立したか 言語と映画 その4 | main | 言語はいかにして現実から独立したか 言語と映画 その6 >>
言語はいかにして現実から独立したか 言語と映画 その5
映画のカットが人間性に合致している理由は、まだある。

映像表現は、説明よりも暗示のほうが「絶対的に効果がある」。説明すればするほど、観客は参加者ではなく観察者になってしまうからである。30頁。

つまり、多少の隙間=不連続があるほうが想像力をかきたてる。

映画の最終目標は感情である。「観客にどのように感じて欲しいのか。最終的に観客の記憶に残るものは、編集技術でもなければ、キャメラワークでも、役者の演技でも、実はストーリーですらない。感情なのだ。」34頁。

想像は感情への橋渡しとなる。

ある監督がこう言ったという。

「完璧な映画というものは、目そのものが映写している。つまり自分の見たい物を見ているわけですね。映画は思考に似ていますよ。思考にもっとも近い芸術が映画なのです。」80頁。

ああ、映画は思考なのだ。だから、たとえば何十年もの話を二時間に収めることができる。

映画は思考体験である。だから、そこから深い感情を喚起することもできる。

言語だって同じ。

言語の本体は思考であり、思考は想像によって力を与えられ、その帰結は感情の喚起である。




(つづく)




| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 映画の英語 | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://soundsteps.jugem.jp/trackback/1270
#誰が書いてるの?
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
-->
#新しい記事
#過去の記事
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
#著書/共著
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 高杉 忠明
#著書/共著
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 (JUGEMレビュー »)
ジョン ダワー, John W. Dower, 三浦 陽一, 田代 泰子, 高杉 忠明
#コメント
#トラックバック