ごきげんようチャンネル





たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう.



               嘆異抄














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「脳の中の小人」 の謎  脳科学について その2
脳科学をどう考えるか。

ブームの影響もあって、すべてが脳にコントロールされているとか、脳をどうにかすれば能力があがるとか、そんなイメージをもっている人がいるかもしれない。

たとえば、「脳のなかの小人問題」というのがある。

人間が何かを見ると、視神経によりシグナルが伝達されて、脳に伝わり、それが脳のどこかで解読されるー そんなイメージをもちがちだ。

だがそれなら、いったい「誰」がそのシグナルを解読しているのだろうか? 脳のなかに「小人」がいて、その小人が巧みに解読しているのだろうか?

かりに脳に「小人」が存在するとしよう。するとその小人は、どうやって神経のシグナルを解読しているのか? 小人の脳のなかの小人によってか? ならば、その小人の脳のなかの小人にも脳があって、そこに小人がいるのか? では、その小人はどうやって… 

こういう事態を「無限後退」といい、説明にならない説明の一種である。(この話は佐々木正人『アフォーダンス 新しい認知の理論』岩波科学ライブラリー、1994年、58−59頁に記述がある

脳を精密に調べれば、意識が生じるときの生理的な状況を知ることはできるだろう。しかし、意識の解読者が誰であるか、わかるだろうか。

意識を生む究極の物質やメカニズムが特定されたとしても、ある意識の内容が「青色が見える」なのか「海が見える」なのか特定できるだろうか。

じつはこの問題、けっこう簡単に解けると、私は思っている。

小人が脳のなかにいるなどと思うから、話がややこしくなるのだ。小人ではなく、それがビョ〜ンと大きくなって、自分と同じサイズ、つまり自分そのものだったら?

脳が情報を理解しているのではない。脳が全身をコントロールしているのでもない。われわれは全身で理解し、全身で全身をコントロールしているのだ。脳はそうした身体システムの一部である。

言葉も同じだ。脳が理解しているのではない。脳がしゃべっているのでもない。言葉を理解し、しゃべっているのは全身なのだ。言葉を習得することは全身の修練の問題なのだ。







| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | 脳科学 | 11:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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