ごきげんようチャンネル


たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう.

               嘆異抄

キリスト教は茶道である おわり
本書の頂点は、「侘び」とは命の愛惜(あいせき)であるという主旨の、次の文にある。


「花は人の一生を表している。…文句も言わずにありのままの形で精一杯美しく咲いているのである。

私たち人間も、やがては死んで灰になってしまう、はかないものである。

その、刻々と変化していくいのちの貴さ、生への執着。

捨てなければならないほどの執着。

それを利休は『侘び』という言葉で表した。」111-112頁。



宗教とは、無償で与えられた生命への感謝と愛惜の、美的な表現である。

そう思えば、


「茶の湯とは、火をおこし、湯を沸かし、ただ茶を点てることである」(利休)65頁


という言葉もわかってくる気がする。











(おわり)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その6
なぜ、これほどまでに茶道とキリスト教には共通点があるのか。

日本にキリスト教がやってきたころ、宣教師たちが堺を拠点に全国を行き来した。彼らの立派な立ち居振る舞い、人格と教養に、信長も感心したという。41頁。

その宣教師たちは、教会堂に茶室を設けて要人を接待した。34頁。

そして利休の七人の高弟のうち、五人がキリシタンであった。「彼はキリシタンに囲まれ、おおいなる影響をうけて侘び茶の研鑽を積み、完成に至ったことになる」28、42頁

茶道とキリスト教の関係をこのように洞察してくると、

「茶の湯の精神は禅宗にのみある」

という通念は、「400年間の迷信」であると著者はいう。42頁。

そのような 「迷信」が広まった原因は、迫害によって、キリスト教の日本文化への影響を示す資料が徹底的に隠され、多くが消されたからである。

「人々は、キリシタンとの関わりの痕跡を跡形もなく消し去った」27頁

のであった。








(つづく)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その5
○ 茶会

最後の晩餐と同様の、二度とない出会いの場。「命を分ちあ」い、はかない「互いの命を賞賛し、相手の存在を喜ぶ思い」の発露。68−69頁。

炉の灰・炭…人の終の姿の象徴。これを主客が沈黙のなかにみつめる。これが「利休の徹底したもてなし」であった。118頁。









(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 13:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その4
○ 茶室

「天国のひな型」54、69頁。「神と人との合体」「神の懐」「キリストとひとつになる新しい世界」102頁。

花…「野の花を見よ」(山上の垂訓。マタイ6章)の比喩にならって重視。120頁。

点前の静寂…「静かにすれば、あなたがたは救われ、信頼すれば、あなたがたは力を得る」(イザヤ書30:15)77頁

濃い茶の回し飲み…聖餐式を彷彿させる。116頁。

袱紗(ふくさ)…最後の晩餐でイエスが弟子たちの足を洗ったとき、腰につけていた手ぬぐい。(ヨハネ13:3〜5)57頁。

茶碗…アダムの原義は「赤い土くれ」。人間が土くれから作られたのと同様、素朴な楽茶碗を用い、中が空洞の茶碗を尊重する。114頁。織部の井戸茶碗「十文字」(三井美術館)は、織部が秘めていたキリスト教信仰の現れかもしれない。115頁。

客は扇子と懐紙だけ…すべてを捨てる自由の表現。65頁。








(つづく)












| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その3
では、茶道とキリスト教の平行関係を、本書によって要約してみよう。

◯ 茶庭

露地…いのちに至る細い道。64、86頁。虚飾を捨て去るプロセス。庭の植栽には、実をつける植物、香りの高い植物を避ける。このことも、露地が虚飾を捨てるプロセスであることを示唆する。92頁。そこには「水を打てばみずから濡れることを好む石」(隠れた自己犠牲を喜ぶ存在)が置かれている。91頁。

蹲踞(つくばい)…聖別の水(水は命の象徴)86頁。

灯籠…「世の光」の象徴。86頁。

そして、茶室に入るときの

にじり口…「天国に入る狭い門」86頁、「肉体的な死あるいは新生のための産道」102頁。

以上は、「天国への四点セット」である。86頁。








(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 12:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その2
フランスにはフランス的な、ドイツにはドイツ的な、アメリカにはアメリカ的な、教会があるように思われる。

それなら、「日本には日本らしい教会があってもいいのではないか」12頁。

そして日本的な教会として、茶室をもうけるのはどうだろう。

そう考えて、著者は自分が主催する教会に茶室を作ったという。









(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 12:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
キリスト教は茶道である その1
<茶道は、キリスト教の日本的表現として成立した>


というと、ちょっと驚くかもしれない。


<キリスト教のエッセンスが、茶道にある>


というと、どういう風に? と思う人もいるだろう。

橋敏夫『茶の湯の心で聖書を読めば』(いのちのことば社、2006年)は、そういう主張をこめた本である。











(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
価値観をひっくりかえすことは常に新しい価値を生む フランシスコ新法王の誕生について おわり
さて、価値とはなにかということだが、価値には<守る価値>と<裏返す価値>があるように思う。

どちらも価値の創造で、人間はたえず両方をやっているのだが、とくに<裏返す価値>のほうは、<否定を肯定する>という重層性に特徴がある。

最近の儀式で、76歳の新法王は、十代から二十代の12人の若い収監者の足を洗い、キスをした。12人のうち二人は女性で、イスラム教徒もふくまれていたという。



http://worldnews.nbcnews.com/_news/2013/03/28/17502522-pope-washes-feet-of-young-detainees-in-holy-thursday-ritual?lite



イエスの使徒12人がすべて男性であったことから、これまでこの儀式に女性がふくまれたことはなかった。

弱者や貧者に大きな価値を見出し、<裏返す行為>は、宗教がもつ力の源泉である。

ありがちな価値観を真摯にひっくりかえす。

それは何度くりかえされても、新しい感動を呼ぶ。









(おわり)










| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
価値観をひっくりかえすことは常に新しい価値を生む フランシスコ新法王の誕生について その2
法王を頂点とするカトリック教会(信者12億人)には、世界中の地域を単位として多くの教会を運営する本体のほか、独立的に運営されている多くの修道会組織がある。

修道会もカトリックという組織の一部なので、法王の認可を受けるのが正式である。(八木谷涼子『なんでもわかるキリスト教大事典』朝日文庫、2001年、60頁)

ひとつの経営体が、直営店とフランチャイズ店をもつようなものかもしれない。

上智大学や南山大学のような日本のカトリック系大学は、それぞれの修道会が設立したものである。

修道会のなかでもイエズス会は大きいもので、新法王はこの修道会の出身ということになる(上智大学はイエズス会による設立)。








(つづく)









| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
価値観をひっくりかえすことは常に新しい価値を生む フランシスコ新法王の誕生について その1
フランシスコ新法王が珍しくヨーロッパ出身でないことが話題になっているが、彼がイエズス会出身のはじめての法王であることも、興味深い。

フランシスコの名は、新法王が属するイエズス会 the Society of Jesus が範とあおぐアッシジの聖フランチェスコからとったもので、日本で有名なザビエル(1506-1552)は、このイエズス会の創立者の一人である。

イエズス会は修道会 order のひとつだが、修道会とはどういうものか。

カトリック教会の仕組みを、すこしのぞきこんでみたい。








(つづく)











| 三浦 陽一 (みうら・よういち) | イエスの虚像 | 07:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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